ワケあり!

 ついに、将がきた。

 ドアを開けた彼は、心配したほどやつれてはいない。

 少なくとも、その事実にほっとする。

「久しぶり…」

 絹の呼び掛けに、「うん、久しぶり」と返す将。

 奇妙な間は、お互い言葉を考えていたせいか。

 ふーっと、将が息をつく。

「どうやって謝ろうかとか…たくさん考えてたけど…」

 少し、伸びた感じのする髪。

 ゆっくりした、言葉。

「本当に…治ってよかった」

 最初についた息よりも、ずっとずっと深い吐息。

 自分の目で見るまで、信じられなかったのだろう。

 罪悪感が、その目にはある。

 ただ、アキもそうだったように、将も目の前で怪我をした絹から、罪悪感を言い訳に逃げたりはしなかった。

「あの時ね…」

 絹は、苦笑する。

 つくづく、前向きな人間たちだと。

「あの時…初めて運命が目に見えたの。すべての時間が遅くなって、その中を私は動いてたわ」

 今でも、しっかりと覚えている。

「誰かを守ろうとか、自分が盾になろうとか、これっぽっちも思ってなかったの…斬られて逆に後悔したわ」

 思い出すと、笑ってしまう。

 あれが、自分の最後の思考だったら、なんてくだらない、と。

 将が、見ている。

 絹の言葉の意味を推し量るように。

「後悔したまま、死ななくてよかったわ。運命なんかに殺されなくてよかった…これが、本音よ」

 分かりやすい、リアルな言葉がいい。

 絹は、聖女でも、桜の代わりでもなくて、生にしがみつく、だだの泥臭い人間なのだと。

「私が生きていて…嬉しいでしょ? 嬉しいなら、もっと嬉しい顔をしたら?」

 こんなしゃべり方を、将にしたことなどなかった。

 どちらかというと、京向け。

 しかし、地面に足をつけて将に向き合うには、猫は邪魔だった。

 その、地に落ちた猫の皮を――将が踏んだ。

 誰にも似ていない、将にしか出来ない笑みを見た。

 かすれるような、切ない笑み。

「うん…嬉しいよ」

 不合格の笑み。

 目が――潤みすぎだ。