ワケあり!

 ぱぁっと。

 絹の視界に、血の飛沫が広がった。

 何が。

 何が起きたのか、一瞬彼女には分からなくて、熱風で乾く目を何回か瞬かなければならなかった。

 崩れ落ちていくのは──桜。

 何故、彼女が森村と「それ」の間に割って入ったのか。

「それ」にもたれかかるように、ずるずると彼女は畳まで落ちた。

 森村は、驚きに目を見開いている。

「もう…この世に、織田なんていらないのよ!」

 血飛沫で汚れた顔を、それでも桜はキッと上げた。

「あなたが、誰に復讐したいかなんて知らないわ! それは、あなたが自分の力で勝手にやりなさい!」

 斬られた人間とは思えない、生命エネルギーが、桜からほとばしっている。

 畳に、どんどんと血を吸わせていくのに。

「それ」の足を背もたれに、座り込んでいるしかないというのに。

「この男は…私が一緒に連れて行くの。ちゃんと一緒に地獄まで、ね」

 すさまじい、執念の気迫。

 初めて――桜の存在を聞いた時は、もっとはかない、金持ちのお嬢様だと思っていた。

 だが、彼女の死の謎から遡っていくと、まったく違う女性が現れてきたのだ。

 そして。

 ここに、オリジナルの心を残した女がいる。

 その気は、はかなくもかよわくもない――女王のような力だ。

「大丈夫よ…」

 そして。

 彼女は、森村に微笑んだ。

「大丈夫、あなたは…まだ誰も殺していないわ。私は、亡霊だもの。ただ、お化けを斬っただけ」

 カクンッ。

 桜の笑みが――ついに、絹の膝を壊した。

 彼女のように、地面にへたりこんでしまう。

 しかし、意味はまったく違った。

 美しくも凄まじい光景に、身体の力が奪われたのだ。

 両脇の――もはや、傍観者にしか過ぎない彼らが、絹を起こそうとしてくれた時。

「絹さんっ!」

 誰かに、名前を叫ばれた。

 ああ。

 その声は、今ばかりは――ただただ残酷なものに、聞こえた。