ワケあり!

 彼らは、まだ火のきていない勝手口側に駆け出した。

 絹も、追おうとしたのだ。

 ボスを助けなければ、と。

 だが、がくがくと膝が笑い、まともに歩けない。

 この世のものとは思えない光景のせいだ。

 よろつきながら、それらから逃れる。

 許されるなら、吐いてしまいたかった。

 本当に、「あれ」は死にかけているのだろうか。

 それに、覚醒した桜の存在をどうしろ、と。

 広井家に連れて行くのか?

 はい、お母さんのコピーですよ、と。

 込み上げる嘔吐感をこらえながら、絹は歩いた。

 あの二人が、いっそ差し違えてくれた方が、絹としては助かるくらいだ。

 いまは、誰に罵られてもいい。

 罵られてもいいから、あの二人をどうにかして欲しかった。

「ねーちゃん、裏に回ってこい!」

 炎に負けないほど大きな声で、誰かが叫ぶ。

 先に行った彼らだ。

 何か見つけたに違いない。

 走れ、走れ!

 絹は自分の足に、必死で命令した。

 やっと裏手に回ると。

 裏庭に倒れている背広姿。

 血、まみれの。

 仰向けの肩から胸に、袈裟懸けの──刀傷。

 一瞬で、頭の中に映像が構築される。

「あれ」だ。

「あれ」が、ボスを斬ったのだ。

「ボス! ボス!」

 駆け寄り、やっと出た声を振り絞る。

「大丈夫…じゃねぇが、とりあえずまだ息はある。心配する価値はあるから、落ち着け」

 バンバンと、抜けるほどの力が、また絹の肩を叩く。

 その痛みが、絹の動揺を少しだけ止めてくれる。

「誰かに、ここまで運び出されたようだな」

 ボスは、靴も履いていないし、ほとんど泥もついていない。

 ああ、それは多分。

 絹は、震えるまつげを伏せた。

 それは、多分──森村だ。