ワケあり!

「まだ…あんなものを作っているのね」

 呆然と動けない絹を、ひなこ──いや、「桜」が見た。

 そうだ、桜だ。

 さっき見たあの微笑を、絹は写真で見た。

 だが。

 常識で考えれば、桜が生きているなんてありえないし、ひなこは桜よりもっと年若い。

 だが、絹は知ってしまったのだ。

「トレーサー」という存在を。

 桜の死体は、どうなったのか。

 そう、織田側に持ち去られた。

 死して崩れ行く脳を、おそらく石橋という人間がトレースしたのだ。

 トレース情報が、ただのデータというのならば 、それ以上崩れることなく永遠に保管が出来るはず。

 どの段階かは、分からない。

 だが、石橋という人間は、少なくとも死ぬ前には、そのデータをひなこにトレースしたのだ。

 死後経過のため、損傷した脳のデータのせいだろうか。

 意識の接触は悪く、ずっと彼女はあんな状態だったわけだ。

 そして。

 覚醒した。

 これが──桜。

 トレースされた複製物、ということは頭では分かっている。

 分かっているのに、目が離せない。

「さあな…どうでもいいことだ」

「それ」は、絹を一瞥もしない。

「お前は、あの世から何をしにきた?」

 しなやかに腕が動いた――刀を持つ方が。

 切っ先が、その喉元につきつけられる。

「もう一度、死ににきたか?」

 その時、絹は隣から引っ張られ、ハッとした。

「相方が、裏に回ってるはずだ…とりあえず、これ以上火が回る前に、おまえさんの雇い主を探すぞ」

 冷静に戻り切れていない声だった。

 百戦錬磨に見える彼らさえも、「それ」は動揺させるのか。

 だが、いまの絹には必要な言葉だ。

 ボスがまだ出てきていないということは、火以前に危険な状態に違いない。

 声は出ないが――頷くことは出来た。