ワケあり!

「あの男は…だめです」

 車の中で、アキが言い切った。

 絹は、苦笑するしかない。

 渡部のことだ。

 あの男がダメなのは、絹が何より知っている。

 森村のことを、わざわざ広井家から離れた絹に言ってきたことには、多分意味がある。

 絹に、ボスや森村のことを止めさせようとしているのか。

 少なくとも、京都へ引っ張る餌にしていることだけは確かだ。

 それに、ほいほい乗るわけにはいかない。

 だが、気になる。

 蒲生は、森村のことはよく知っていた。

 特別な表現で、呼んでさえいた。

 だが、森村=トレース先、という図式は成立していない。

 そっくりな顔、というだけの認識だったのだろう。

 替え玉くらいには、考えていたかもしれないが。

 そして、今にして思えば、京都で渡部が言った言葉も、納得がいく。

『もし、森村を見ても声をかけるな』、というものだ。

 年齢は違うから、多少面変わりはしているだろうが、絹が森村ではなく、織田と鉢合わせる可能性もあった。

 殺した桜と同じ顔が、ぴーこ以外に現れたとすると、心中穏やかではないだろう。

 あの時点で、渡部は絹と織田を接触させたくなかったのだ。

 しかし、そんな男が、絹を京都へと呼ぶ。

 それは、彼女を今度こそ、『織田』へ献上することのように感じる。

 新しい織田──森村と絹なら、年齢的にも合うし、見た目にも皮肉なほど、織田派の理想どおりだ。

 こんな、茶番はない。

 ニセモノの織田と、ニセモノの絹を祭り上げ、織田の時代が永遠に続くことを高らかに叫ぶ気か。

「クーラーが効きすぎていますか?」

 絹が、身を震わせたことに、アキが問いかける。

 彼女には、渡部との会話は、まったく意味が分からなかっただろう。

 だから、この震えの意味が、理解できていない。

「いえ…」

 絹は、おとなしく広井家で夏休みを過ごすべきだ。

 それが、一番いい。

 だが。

 夏休み明けに、学校で森村に会えば──全てが終わる気がする。