ワケあり!

 絹は、玄関を開けて外に出た。

「やぁ」

 カメラより鮮明な色の渡部が、近づいてくる。

 絹は、それを片手で制止した。

 側によらないで、という意味を込めて。

「これから出かけるの…」

 話す時間はない、という意味を込めた。

 アキがすっと。

 渡部の横についた。

 夏の日差しの中、そこにひやっとした空気が流れる。

「いい番犬だね…いつ飼ったの?」

 猫もかぶらずに、渡部が横を親指で指す。

「いきましょう」

 絹は、それに答えずにアキを促した。

 本当に、渡部と話すことはないし、話したくはなかった。

 一番大きな疑問が解けた今、もう渡部も蒲生も織田もうんざりだったのだ。

 さっさと悪人のコピーでもなんでもして、ボスが戻ってきて、いつもどおりの生活に戻れればそれでよかった。

 悪人は、悪人らしく闇夜にいればいいのだ。

「インターハイね…」

 渡部の横をすりぬけようとする時。

 彼が、ぼそっと呟いた。

 京都のことでも織田のことでも、ボスのことでもない。

 インターハイ。

 渡部個人の話。

 何故だろう。

 だからこそ――それが、怖さをかもしだした。

 絹は、足を止める。

「インターハイ…シングルスだけしか、出ないことになったよ」

 嘘くさい、さわやかなスポーツマンの言葉。

 しかし。

「……!」

 絹の耳には、ドス黒い悪人の声以外の、なにものにも聞こえなかった。

 カンのいい自分を呪いたくなる。

 ダブルスは出ないと。

 そう、言っているのだ。

 渡部の、ダブルスの相手は誰だ。

 絹の頭の中で、ガンガンと鐘が打ち鳴らされる。

 森村が。

 出られなくなったのだ。