ワケあり!

 トレースは、生き延びることとは違う。

 本体は死に果て、消滅するというのに、意思のコピーが残るに過ぎない。

 しかし、そのコピーは自分が生き延びたと思うのだろう。

 過去の記憶を持ったまま、そこに『自分』が存在するのだから。

 だが。

 それは、本当は『自分』ではない。

 島村はそれを知っているから、真っ黒な服を着る。

 織田も死ぬ。

 彼は、何色の服を着るのか。

 ピンポーン。

 チャイムが、居間の静寂を切り裂いた。

 時間がかかりすぎているので、アキが心配して鳴らしたと思った。

 インターフォンのカメラから返事をしようと、画面を見ると。

 ニヤっと笑っている男がいた。

 渡部だ。

 部活帰りにそのまま寄りました風の、ラフなスポーツウェア。

 こんな時に。

 いや、こんな時だから来たのかもしれない。

 絹の動向をチェックしていたのなら、いい機会だろうから。

 アキが、すぐ真後ろにいた。

 カメラごしにも、警戒の色が赤く見えるほどだ。

 渡部に対しては、島村以上の警戒色を発している。

 すばらしい判断だ。

「渡部よ」

 絹は、島村に告げた。

「家には入れない…玄関にも、だ。こっちが招き入れなければ、この家は誰も入れない」

 島村は、渡部と話すことはないようだ。

「ボスは、トレーサーの仕事が終われば、無事帰ってくるのよね」

 絹は、島村に確認をした。

 ボスは、血筋から一応織田側だ。

 素直に仕事だけこなして口をつぐめば、命までは狙われないだろう。

 トレーサー技術を持っている人間だからこそ、余計に。

 また織田が、いつそれのお世話になるとも限らないのだから。

「ああ、それが条件だ」

 島村の言葉に、ふっと自分の足に力を込めた。

「分かったわ…じゃあもう、渡部と話すことはない」

 絹も、そう判断した。