ワケあり!

 二人の男がいた。

 一人は、天野の兄。

 もう一人は、見知らぬ死にたがり。

 天野の兄は、おそらく科学者になりたかったのだ。

 家を出て、彼はボスのところへ弟子入りした。

 そして、何か起こった。

 少なくとも、命にかかわる事件。

 ボスは、天野の脳にトレーサーを使った。

 そして、手に入れた死にたがりの脳に――移したのだ。

 出来上がったのは。

 死にたがりの身体と、天野の思考を持つ生き物。

「いつ…調べた」

 絹の手から、自分の左腕を離しながら、『島村』は呟く。

「蒲生が…あなたを調べたら、『二人』の人間に行き着く、と言ったから」

 絹は、自分の心臓の音を強く感じながら、正直に答えた。

 ここにいる人間は、天野であって天野ではない。

 その事実を噛み締めると、心臓が強い音を立てるのだ。

 複製の思考と、複製の心を持つ別の人間。

 黒い服は――誰への追悼の表れなのか。

 死にたがりの男の心へか。

 それとも、死んでしまった天野という男へか。

「蒲生か…トレーサーのことは聞かされていないようだな」

 そんな心臓でも、絹は島村の言葉を聞き、理解し、そしてボスのことへとつなげていかなければならなかった。

「ボスが呼ばれているのは…誰かをトレースするため?」

 誰かが、死にそうなのか。

 織田の誰かが。

 あっ!

「…織田!?」

 連想ゲームで、即座に言葉が出ていた。 

 そこまで大物の命に関わることならば、ボスを脅してでも連れて行くだろう。

 仕切っているのは――渡部一族か。

 自分をよく思っていなさそうな蒲生に、トレーサーの話を教えてやる義理などないだろう。

 渡部の息子は、それを知っていたのだ。

 まだ、彼の言葉の全てとはつながらないが、ボスを巻き込むという事実のみは、納得できた。

 それに、織田ならトレース先の身体は山ほど持っている。

 青柳系列から、いくらでも選び放題だろう。

 そして、石橋という科学者が死んだ後、トレーサーの技術者として、ボスが選ばれたのだ。

 これ以上ない、人選だった。