ワケあり!

 絹は――鳥肌を立てていた。

 ざわっと、一瞬にして自分を冷気が包み込んだ気がしたのだ。

 頭の中に巡る、記憶の羅列。

 その中のいくつかが、島村の言葉に過剰反応した。

 明確な形ではない。

 はっきりと、どれか、というわけでもない。

 しかし、本能的に『トレーサー』という物の影響物に、自分が触れていることに気づいたのだ。

「人の脳というものは、膨大な量ではあるが、結局は三次元ハードディスクだ。その情報を、立体的にトレースできれば…別の人間に複写できる」

 島村が、重い足を止めて絹の前に立つ。

 見下ろす、ただ黒い瞳。

 声や音など、所詮空気の振動。

 見えるものなど、所詮光の反射。

『自分』など、所詮脳活動の――副産物。

 あぁ。

 ざわり。

 全身の毛が逆立つ。

 分かった。

 多分、絹は分かった。

 頭の中を、断片的な記憶が駆け抜ける。

 余りの速さで捕まえそこなうばかりで、明確に音には出来ない。

 しかし、絹は手を伸ばしていた。

 島村の――左手を強く握った。

 彼は、それに過剰反応したりしない。

 視線を、ただ手元へと落とす。

 あぁ、あぁ。

 自分は、何をしようとしているのか。

 黒い長袖。

 夏なのに。

 ただの黒好きの変人とばかり、思っていた。

 その袖口を、ぐいっと引き上げる。

 傷だらけの、手首。

 何度も、自分で死のうとした跡。

 蒲生が言った。

 島村を遡れば、『二人』につながる、と。

 自殺未遂ばかりして、行方不明になった男と。

「天野…さん」

 絹の呼んだ名前に――島村は、ゆっくりと目を閉じた。