「絹だか木綿だか知らねぇが、オレの安眠を妨げんな」

 ガラの悪いおぼっちゃまだ。

 さっきまで静かだったのは、熟睡していたのか。

「すみません、乗せていただいたのに…静かにしています」

 絹は、ちょうど助手席の後ろ。

 京から一番見えない位置。

「女か…」

 京は、反対側へ身をひねり、座席の頭を越すように、絹を見た。

 待ち構えていた彼女は、特上の微笑みで迎え撃つ。

 見開かれる、目。

 止まる時間。

 彼ら兄弟にとってこの顔は、ただ美しいだけのものではない。

 DNAに突き刺さる顔なのだ。

「お前…」

 茫然と、呟かれる言葉。

 しかし、彼は最後まで言い終わらなかった。

 車が、止まったのだ。

「到着いたしました」

 静かな運転手の言葉。

「乗せて下さって、ありがとうございます」

 絹の席は、最初におりるべき位置。

 運転手が、ドアを開けに回ってくる前に、彼女はすっと車を降りた。

「あ! 絹さん!」

 降りてついてくるのは、将だけ。

 中等部は、校舎そのものが違う。

 了は、そっちへ行かなければならない。


 同じ校舎のはずの京は。


 まだ、車を降りられないようだった。