「よっ、モリリン!」

 その声が聞こえた瞬間、絹は廊下の曲がり角に張りついた。

 晴れ間のランチに行くには、校舎を出なければならない。

 三年の教室は一階にあるので、鉢合わせる可能性もあるのだ。

 そう――渡部と。

「モリリンなら、シューズの紐の予備、持ってるよねー。僕の汚れちゃってさー」

 声を聞くだけで、ムカつく男だ。

 紐が切れたならまだしも、汚れただけで替えるのか。

「……ああ」

 対する声は、低く静かだ。

 モリリンなんて、ふざけた呼び方をされて気の毒な――ん?

 絹はそっと、首だけを出して見た。

 渡部の背中の向こう、清潔感ある短めの髪に、眼鏡の男子生徒が立っていた。

 随分、背が高い。

「さっすが、モリリン」

 渡部の背中が、楽しげに揺れる。

「渡部様、あまり森村さんに無理を言ってはいけませんよ」

 通りすがりの女生徒に、くすくすと笑われている。

「僕のものは僕のもの。モリリンのものも僕のものだからいいんだよー」

 見事なジャイアニズムを披露しながら、渡部の関心は森村から女生徒へと移った。

 話は終わったとばかりに、渡部は行ってしまう。

 絹とは、反対方向だったので助かった。

 森村は。

 一度、後方の渡部を振り返って見る。

 その顔が、再び前に向き直った時。

 氷よりも、もっと冷たい顔をしていた。

 ぞくっ。

 絹の背筋に、悪寒が走る。

 違う。

 気付いた。

 委員長は、間違っている、と。

 あれは――仲良しの目じゃ、ない。