ワケあり!

 熱が出た。

 自分の心が、こんなにまで脆弱だとは思わなかった。

 絹は、熱い喉から苦しく息を吐きながら、自室の天井を見ていたのだ。

 熱でぼんやりしているおかげで、頭がうまく働かないのだけは助かる。

 そうでなければ、彼女の熱はなお上がりそうだった。

「おい、メシ」

 ノックもなしに、島村がドアを開ける。

「どうせ知恵熱だろうから、普通食だ。置いとくから、食べろよ」

 枕元にお盆ごと置かれる。

 ちらと視線が投げられたが、彼はさっさと出て行った。

 知恵熱。

 島村は科学者だから、冷たくも正しい言葉を吐く。

 精神的なものから来たのだと、知っているのだ。

 こういう時に、仕込んだカメラとマイクは助かる。

 絹のこの状態を、客観的に味方の人間が見ていてくれることだ。

 そう――味方。

 彼女は、ボスにとっては「歩」の駒ではあるが、唯一の「歩」なのだ。

 その「歩」が、「角」とぶつかった。

 斜めから切り込んでくる、曲者。

 織田寄りの人間で、ボスの甥で、絹の過去を知っている。

「絹…」

 心ばかりのノックの直後、「王」が部屋に入ってきた。

 大きく反応は返せないが、絹は顎を動かして彼を見た。

 熱のせいで、音と視界がぼやける。

 そんな中、ボスは彼女を見下ろした。

「これが、渡部の息子の資料だ。今後、邪魔させないように、黙らせる材料に使え」

 印刷した紙束が、布団の上に落ちる。

 ちょうど絹の胸の辺り。

 ああ。

 やはり、ボスは建設的だ。

 あの男が、今後広井家ウォッチングの邪魔になると判断したのである。

 学校内のことは、絹がなんとかしなければならない。

 余計な首を突っ込まれて、彼女が学校にいられなくなったら困るのだ。

「はい…」

 絹は、肘で身体を支えながら、ベッドから身を起こした。

 震える手で、しかし、資料をしっかりと掴んだ。

 加減のできない指のおかげで、紙にしわが刻まれたが、そんなことは気にしない。

 絹は、枕もとの食事も忘れて、働かない頭で資料を睨み始めたのだった。