ワケあり!

「絹さん、少しいいかな」

 放課後、将が思いつめたような顔で、声をかけてきた。

 ん?

「あの、男子テニス部の部長に、少し話を聞きたいんだけど」

 影のある表情のまま、彼はそう言うのだ。

 釣り上がってないと思ったら、口の中に針が入ったままだったのか。

「どうしたの? 何か気になることでも?」

 何かを怖がっている気がして、絹は静かに聞いた。

 京は、疑ってはいたが、怖がってはいない。

 一方将は、母親を覚えている、ぎりぎりくらいの年齢だったはずだ。

 何かを知っているのだろうか。

「うん…母さんの、本当のお墓がどこにあるのか…知りたくて」

 ああ。

 将も、母親の遺骨が広井家にないことは、知っているのだ。

 しかし、それだけのことには思えない。

「顔色が悪いわ…何か、怖い思い出でも?」

 絹は、いたわる声を出した。

 京とは違う記憶がある――そう、彼女は察知したのだ。

「あ…いや…母の死顔が、時々鮮明に甦ってくるんだ。まっさおで、唇が土色で…思い出すと、背中が冷たくなって」

 将は、言葉が喉にひっかかるような声を出す。

 子供心に、それは怖いものだったのだろう。

 ん?

 しかし、絹は彼の言葉が気になった。

「お母さんの、死顔を…見たの?」

 おかしい。

 話が食い違っている。

 チョウも京も、桜の死に目にあえなかったはずなのだ。

 なのに、なぜ。

「うん…なんだろう…病院の中をぐるぐる回ってた記憶があるんだ…知らないおじさんたちが押してるベッドの上に、母さんが…そこから…よく覚えてなくて」

 見て、いた。

 将は、病院にいた母を、見ていた。

 家族の中で、ただ一人――その死を。

「兄貴は、母さんが死んだって信じてないみたいだし…ずっと誰にも言えなかったんだけど…やっぱり母さんは、死んでるんだと思う」

 それなら、きちんとお墓参りがしたいんだ。

 肩を落とす将の腕に、優しく手を伸ばす。

 そっと触れて。

「何か分かるか確証はないけど、委員長に紹介してもらいましょう」

 桜の亡霊は、将にも絡み付いていた。