「おはよう」

 将と登校すると、教室で委員長が釣れた。

「おはよう…どうかしたの?」

 絹に狙いを定めて来た気がして、彼女は厄介なことじゃないといいな、と思っていたのだ。

「高坂さん…男子テニス部の部長、知ってる?」

 委員長は、絹の机の真正面に張り付いた。

 声は、なぜか辺りをはばかるようなものだったが。

 男子テニス部の部長。

 絹の頭に、昨日の甘軽い男がよぎる。

「いいえ、昨日拝見したのが初めてよ」

 軽く、表情を曇らせてしまった。

 そういえば。

 教室を出て行く間際、ちらりと見られたのだ。

 しかし、それは珍しい反応ではない。

 いまでも学校では、学年の違う人とすれ違う時、同じように見られることが多々ある。

 だから、いつものこととスルーしていたのだが。

「そ…そうなのね…あの後、とてもしつこく聞かれたから」

 考え込む委員長。

 ああ。

 絹は苦笑した。

 それは、単なるナンパ方向の話ではないのだろうか、と。

「あーちゃんは、部長が気になるのね」

 だから、さっさと茶化して話を終えようと思った。

「もう、やめてよ部長みたいに呼ぶの…恥ずかしいんだから」

 珍しい彼女の赤くなった頬に、絹はくすくすと微笑む。

 その笑みが。

「おかしいなあ…高坂さんの名字が、望月か青柳じゃないかって何度も聞くから、てっきり知り合いかと思ったのに」

 笑みが――凍りつく。

 出た。

 望月桜の亡霊が出た。

 青柳という、見知らぬ名前を連れて。

 そして、凍りついたのは。

 絹は、ゆっくりと隣の席を見た。

 そう。

 凍りついたのは、将も同じだったのだ。