「律…?」

「さっき、ロビーでさ…」

「うん?」

「あの人を…見かけたんだ」

「え…」



あの人とは圭子を指していることがすぐにわかった。



「親父の葬式以来…。変わってなかったな…」

「そう…」

「遠目からだったし、二度と顔を見せるなって言われてるから、挨拶しなかったけど…。なんか、複雑な気持ちになった」


フフッと笑う高柳の息が耳元にかかる。


嘘つき。


本当は、辛い気持ちを思い出したくせに。



彼らの関係が複雑なのはよくわかっている。


“二度と顔を見せるな”

なんて、あんな優しそうな圭子から言われるくらい複雑な関係なんだ。



高柳だって圭子の気持ちはよくわかっているから、だからこそ、高柳の気持ちは静奈が受け止めたいと思った。