違う景色が、香蘭の目前に広がった。
森の中だ。
香蘭はここに見覚えがある。
前にハルの中で、秋蛍の過去を見たときに……秋蛍が亡くなった笙鈴を運んでいた場所だ。
しかしそこには笙鈴の姿はなく、かわりにハルと、死んだように横たわっている秋蛍の姿がある。
ハルがそっと手を伸ばし、秋蛍の頬を撫でた。
小さな手が頬を撫でるのに気付いて、秋蛍は目を開けた。
「久しぶり、秋蛍」
「どうして……」
短刀を刺したはずの胸に手をやって、秋蛍は愕然とした。
そこに傷は見当たらない。
どうして、死んでいないのか。
秋蛍がハルを見ると、ハルは困ったように肩を竦めた。
「あたしがここに運んだの。リンがそうして欲しいと言ったから。笙鈴は秋蛍を殺したくないって」
いつのまにか手にしていた短刀を弄びながら、ハルがぽつりと言った。
「秋蛍の悲しい気持ちと、リンの死んでほしくないって気持ちが重なって、秋蛍は死ななくなった」
「……」
「気づいてる?あれからもう十年くらい経ったの」
「十年?」
「秋蛍はずっと、ここで眠ってた。力を蓄えるために」
そして、ハルはにこっと笑った。
「もう、人間じゃないからね」
秋蛍は息を飲み、自分の両手に視線を落とした。
確かに感じる体の異変。
木のざわめきや流れる風に、人間であれば感じないようなものをいやというほど感じる。
「あたしは東のほうに国を建てた。美しいところよ。トオルは南に。カオルは不憫な昭遊を思ってこの地に残った。あの子は優しすぎるのよ」
そう言いながら短刀を秋蛍に差し出した。
秋蛍は短刀を手に取り、憂いの表情を浮かべた。
「……いつか彼女の悲しみが癒えるときまで、この短刀は一族のもとへ預けよう」
ハルは頷き、秋蛍の持つ短刀に、小さな手を優しく滑らせた。
「あたしも付き合うよ。秋蛍が、救われるまで」



