「狂気に誘われて来たか」


秋蛍は舌うちをして、香蘭のほうに向きなおった。


「香蘭。お前の刀を、俺に」


「え……」


「それは笙鈴のものだ。彼女の力を持って、魔物を討つ」


血の匂いを放つ兵たちに反応したのか、また池の中から何本も手が伸びてきた。


次々と兵を池の中に引き込んでいく。

狂気から目覚めた兵たちは、悲鳴をあげて逃げ惑いはじめた。


喧騒の中、ハルが叫んだ。


「秋蛍!先に行ってるよ!」


秋蛍が頷くと、ハルは憂焔と珀伶についてくるように告げ、さらに奥へと駆けだした。


憂焔は珀伶のあとに続こうとして、香蘭のほうを振り返った。

そして香蘭をじっと見つめる。


香蘭も彼を見つめながらも、足が動かない。


しばらくそうしたあとで、憂焔は踵を返して走り去ってしまった。


憂焔が姿を消した方向を見つめていると、黒い手が二人を狙って手を伸ばしてきた。


秋蛍が香蘭の手を引っ張って自分のほうに引き寄せ、黒い手は勢いそのままに壁に衝突し、壁にはまり込む。

秋蛍は兵の落とした剣を拾い上げ、壁にはまり込んだ手を手首のところから切り落とした。


どす黒い、墨のような液体が切り口から飛び散り、二人に降りかかる。


その途端、香蘭の懐の短刀が、再び光を放ち始めた。


急いで刀を取り出すと、脈打つように刀が振動し始め、それを見て秋蛍が短刀に手を伸ばしてきた。

香蘭は渡すまいと短刀を胸に抱え込む。