「憂焔王子は、あの姫をほんとうに妃に迎えるのだろうか」




また侍女の嫌がらせに遭い、うっとうしさに城を抜け出してきた香蘭が、大きな川の近くを通りかかったときだった。


香蘭の耳に聞きなれた名が飛び込んできて、とっさに編み笠を深くかぶり直した。



話し方やところどころの訛りからして、どうやら香国側の者らしい。



また自分の悪い評判でも侍女たちがふれまわっているのだろうかとため息をついたが、次に聞こえてきた言葉に息をのんだ。


「妃を迎えられたところで、弟君にまた奪われてしまわないかね」


「香王もいっそ宝焔皇子を次の王にしてしまえばいいのに。武術でも憂焔王子に勝るし、なにより頭がよく切れる」


「ほんとうに。宝焔様が兄であったらよかったろうになあ」


香国の衣裳を纏った二人の兵士は、横を通り過ぎていく娘が香蘭姫だとも知らずに、笑いながら呑気に話し続けていた。




香蘭は二人が通り過ぎたあと、そっと編み笠をとった。



「………」


空を見上げると、迷子のなったのか渡り鳥が一羽、さびしそうに飛んでいた。



先ほどの兵士たちの会話を思い返し、香蘭は昨夜の憂焔の態度を考えた。


今すぐに憂焔から話を聞きたいと思ったが、彼は今、いつも彼といる従者とまたどこかへ出かけている。


彼女は近くにあった石に腰かけ、しばらくの間ぼんやりと空を眺めていた。