「覚えのある気配が近づいてくると思ったら、お前か」


「文句あるか」


宿に戻るととっくに秋蛍は帰ってきていたらしく、会うなり二人は睨み合いを始めてしまった。

ハルはおかしそうに笑っているばかりで二人を止めてはくれず、香蘭はおろおろしながら二人を見守るしかなかった。


「香蘭、よくこんな奴を師匠にもってやってこられたな。尊敬するよ」


そんなことを言って香蘭を憐れむかのような顔をした憂焔に、秋蛍が眉を寄せる。


「その名前をあまり大声で呼ぶな。こいつのことは笙鈴と呼べ」


「はあ?何で」


憂焔はわけがわからない、と思いきり顔をしかめた。


秋蛍はといえば答えるつもりはないようで横になってしまい、かわりに香蘭が憂焔に囁いた。


「私の名前が誰かに聞かれるとまずいの。お願い、ね」


「…わかったよ」


憂焔はしぶしぶ頷き、笙鈴、笙鈴、と口の中で何度も唱え始めた。



香蘭はため息をついて横になっている秋蛍に目を向けた。



秋蛍はこちらに背を向けて黙ったままで、明らかに不愉快に思っているのが見て取れる。