「ん、あれ?」


ふいにどこからか甘い香りが漂ってきた。


「どうしたの、リン?」


「何か、甘い香りがするの」


香蘭は空の器を置き、香りにつられるように立ち上がった。


「甘い香り?あ、リン!」


「ちょっと待ってて……」


この香りにどうしてもたどり着かないといけないような気がして、香蘭は鼻を頼りに香りのあとを追った。


香りが一段と強くなって、あと少しでたどり着けると思ったのに、路地を曲がったところでわからなくなってしまった。

それからはいくら香りを探しても見つからない。


落胆しながらハルのところに戻ろうと踵を返すと、後ろにいた男に思いきりぶつかってしまった。


「す、すみませ……」


「香蘭」


名前を呼ばれて、香蘭は目を見開いた。


宮ではないこの街中で自分の名前を知っている者なんていないはずだ。



敵かもしれない。



その考えが頭を過り、香蘭は逃げようとした。


しかしそれより早く腕を掴まれて、香蘭は泣きそうになった。


男は編み笠を深く被っていて、顔が見えない。


怖くなってぎゅっと目を瞑ると、思いの外優しい声が振ってきた。


「やっぱり香蘭だ。鈴の音がしたから」


驚いて目を開くと、彼は編み笠を外した。