「こんな素敵なところで、こうやって」

 彼女が笑った。俺の好きな顔だ。

「ありがとう」

 ありがとうは、彼女がよく口にする言葉だ。簡単に言えそうに思えるこの言葉を俺はあまり言ったことがない。

 彼女に出会って、この言葉を考えるようになった。今頃だ。三十四歳になるというのに。

 彼女が笑顔で俺を見ている。

「どうしたの」

「ううん」

 彼女はまた俺から視線を逸らし、夜景を見る。俺は夜景に嫉妬する。まさか、お前に邪魔されるなんて。