「まあ、時間なんていくらでもあるからね。ゆっくりと知っていけばいいと思うよ」

「だから、僕は別に知りたいとは……」

「ねえ! あれが海!?」

坂道を上(のぼ)り切った所で、クレタスの街並みと海が目に入った。
初めて見る海原に興奮し、ちっともアンネッテは聞いていない。

はぁ、とため息をついた。

「早く行きましょう!」

目をキラキラと輝かせ、小走りをする。

「あ、おい、アンネッテ!」

フェイが追いかける。
ディオンは相変わらず、ゆっくりと歩いていた。

ふと、足を止める。

『時間なんていくらでもあるからね』

先ほど言われた言葉が、脳裏に響く。

「僕には、もう時間がないんだよ」

決して悲しい表情などはしていない。
無心に、青空を見上げてみた。
太陽の日差しに、ディオンは目を細める。

「もうすぐで、会えるね」

ぽつりと呟いた。
それは一体、誰に向かって言っているのだろうか。

「ディオン、早く来い」

坂下でフェイが叫んでいる。
早く早く、とアンネッテも言っている。
少しも急ごうとはせず、ゆっくりと再び歩き始めた――。