フェイとアンネッテに目を向けた漆黒のワイバーンは、先ほど研究員の魔力を喰ったとき同様に、襲い掛かってくる。
私、此処で死んじゃうんだ……。
胸の内で呟いた、その刹那――ぴたりとワイバーンは動きを止めた。
え? と顔を上げる。
ワイバーンは呻(うめ)いている。
二人の口を塞いでいた黒い霧だけでなく、体を縛りつけていた黒い霧もまた、次第に離れていく。
それは一点に集まり、黒猫となった。
両眼ともスカーレットだ。
( セリシアを、頼んだよ )
黒猫から、声が聞こえた。
ワイバーンは動きを止めたまま、呻いている。
まるで苦しんでいるかのようだ。
刹那――ワイバーンの体から、何かが出て来る。
「セリシア!」
黒猫などに気を取られている場合ではない。咄嗟にフェイは走り出し、勢いよく落ちて来る少女を、受け止めた。
う、と小さく呻き、セリシアは目を開ける。
左目はサファイアブルーだ。
「額の紋章が、消えている……」
驚きを隠せなかった。駆け寄って来たアンネッテもまた、セリシアの額を見て驚く。
「ディオン……ディオンが…!」
セリシアはふらりと立ち上がる。ワイバーンの体が、黒い霧に戻りはじめていた。
一人の少年が、霧の中から姿を現す。
黒猫は鴉(からす)へと変わり、ディオンを受け止めた。
背に乗せたまま、鴉はセリシアのもとへいく。
ディオンを地面へ降ろすやいなや、鴉は霧となった。
まだ完全にワイバーンの体は黒い霧には戻っていないが、足はほぼ霧となっていた。その黒い霧は、ディオンの体に纏(まと)い、沁(し)み込んでいく。
激痛が走るのか、彼は呻く。


