「お疲れ、セリシア」

自分の役目を終え、外に出たときには、もうすでにディオンが待っていた。
レクスの本部でもあるその研究所は、炎に呑み込まれている。

「火傷の男がいなかった。きっと奴を含め、数人の者たちはまだ生きているはずだよ」

セリシアが言う。

「運よく外出していた、ってわけか。今殺せないのは残念だなあ。ああ、でも、夜にどうせ死ぬからいいか」

ディオンはクスクスと笑った。

「血が纏わりついて、気持ち悪い」

頬についた血を手で拭いながら、セリシアが言う。

「……ねえ、セリシア。もし月食が起こる前にフェイ・ブランデルが現れたら、今回こそ、そのときにちゃんと殺すよね?」

ぴくりと指が動く。僅かに、目を伏せた。
ああ、殺すよ、とセリシアが答えるまでには、少しの間があった。

なぜか悔しそうに、ディオンは唇を噛み締める。

 ああ、愛しい僕のセリシア。
 今まで、君の中には僕だけしかいなかったのに。
 なのに、どうして――……。
 
 僕は君だけがいれば、他には何もいらない。
 それは、君も同じ思いであるはずなのに…!

「どうしたの、ディオン。心が苛ついてる」

「……何でもないよ。さあ、もう此処に用はないから、帰ろう」

その言葉に、セリシアはパチン、とフィンガースナップをする。
四匹の狼は黒い霧となり、大型の鴉(からす)へと変わった。

「セリシア、僕らは、ずっと一緒だよ」

強く手を握り締められる。
セリシアの心に、ディオンが何か不安を感じているのが伝わった。

「僕は、君が傍にいないなんて考えたくもない」

ぽつりと呟かれたその言葉に、ディオンは少し驚いたような顔をする。
そして嬉しそうに、けれどどこか切なそうに、微笑んだ――。