珠明は、弟が井戸で拾ってきた綺麗な石のことをすっかり忘れていたわけではない。

 ただ、それが翡翠と呼ばれるものであるとは知らなかったので、その面に困惑の色を浮かべた。

「此処にあることは分かっているのです。お返し願いませんか。あれはこのような下賤の家にあって良いものではないのですよ」

 下賤の家、という言い方に、反発を覚えるよりもむしろ珠明はかなしみを覚えた。

 高貴な家に生まれたかったと、そんな傲慢な望みを持つわけではないが、どんなに貧しくとも姉弟はせいいっぱい生きているのだ。

 それを、見知らぬ男に蔑まれるのは辛かった。

「さぁ、早く出してください。それとも、返さないつもりですか」

「あの、すみません……我が家には、そんなものは……」

 珠明は頭に痛みを覚えて俯いた。

「嘘を仰い。此処にあることは分かっているのですよ」

「何かの間違えではありませんか、見ての通りの貧家でございます。どうして貴方様のような立派な方の持ち物が、我が家にありましょうや」