「にわかには想像できん」

「たとえば書き手の立場になったとして、リュールがあるひとつの物語を書くとします。それを見て、私がリュールの見ていない間にあなたの書く物語を断りなく書きすすめるとしましょう。あなたはひとりで書こうと構想を立てて書いているはずですから、そこに私のイメージしたものが混ざりこんでしまうと、違和感を感じませんか?」

「それは感じるだろうな」

「由貴はそのことを言っていたのです」

「由貴と同じような力を持つ者があちらの世界にはごまんとといるわけか…」

「ですが、恐れることはない、とも由貴は言っていました」

「どういう意味だ?」

「人は──この場合、あちらの人間もこちらの人間も含めて言うのですが、夢をなくしては生きられない生き物です。由貴は私やリュールやこちらの世界にいる者たちのことを『必要なもの』だと言ってくれました。夢の大きさは人によって異なり、ほんのささやかな夢──今日も一日元気で過ごせたらいい、という夢で満足する人もいれば、由貴のように書くことで心の中が整理され、癒されてゆく人もいます。私は由貴の言っていることが何となくわかるのです。人には心を整理する時間が必要です。実際に目に見える実りだけしか必要のない世界は、すぐに人の心を疲弊させてしまうでしょう。由貴の書く物語に介入してきた者は、由貴のことを『甘い』と批判してきたそうです。その『甘さ』はたとえば私の生き方なり、視点なりに対する甘さかもしれません。ですが、ただ現実世界で起こったことだけを描写するなら、小説なんて書きたいと思わない、と由貴は言いました。それはそうです。現実世界であった心傷つくことを小説で同じように展開しても、傷が二重に重なるだけですから。だから、私やリュールをこの世界を憂える優しい人物として描きたいのは、それが癒しになるからだと由貴は言っていました。実りを搾取する人間ばかり見ているのは心が荒むと。そう感じる時、物語の世界に心が傾く人間というのは、現実逃避ではなく、現実を知っているからこそ、誰にも迷惑をかけずに心を立て直して行くことの出来る自分にはどのようにしてなれるのかを探しているだけなのだと思ったのです。それで由貴は『ユニスとリュールを書いていて良かった。出会えて良かった』と」