秩序の崩壊は秩序の蝕みから始まる。

 右か左か論じ合っていた者たちも、極論に達し、右も左もどうでもよくなり、弱肉強食の構図だけしか成り立たなくなるのだとしたら、倫理も思想も教育も経済も繁栄も要らないものになってくる。

 だから言うのだ。

 人に悲しみはなくならない。

 だが豊かな実りを拒絶する者はない。

 悲しみを豊かなものにせよと。





 ユニスは窓辺から都を見下ろした。

 由貴と四季のふたりが揃ったからだろうか、先刻まで病んでいるような澱みに沈んでいた世界が、穏やかなものに変化しているように思われた。

 『虚無』が影を潜め、精霊たちの歌がなくとも『在るがままに在る』ほどには。

「ユニス様」

 ノールの声がした。ノールの傍らには意外な人物がいた。リュールである。

 リュールはユニスの弟であり、リオピア王位継承者の候補のひとりである。

 もっとも、リュール自身は王位というものにまったく関心がないため、次期王位継承者はユニスだろうと周囲の者もユニス自身もそう認識していたが。

「リュール…。あなたがここを訪れるなんて──何かありましたか?」

 リュールは龍騎士である。世界各地を飛び回り、要人たちの命を預かる仕事についている。

 やや疲れた表情のリュールは「座ってもいいか」と尋ねる。ユニスは椅子をすすめ自分もかけた。

「何か食べる物を?」

「…そうだな。あるなら何でもいい」

 ユニスは女官を呼び、リュールの食事を用意するよう頼む。

 リュールは目頭に手をやると「今さらだが、どうしようもないことが多過ぎるな」と言った。

「何かあったのですか?」

「他国からの情報は入ってないのか?」

「いいえ。かろうじてアレクメスの情報が入ってくるくらいです。このような状況下で調査を強行するのは死にに行かせるようなものですから」