『うん…。会長の書いた小説、消しゴムで消したの、尾形くんなのかなって考えてた』

 音声が急にクリアになった。

 ノートに目を落としていた晴がパソコンに目を向ける。

 画面にくっきりと桜沢涼の姿が映し出された。

(死にたい者の理由を背負ってくれるわけでもないのに──)

 そう憂える者が画面の向こうにはいるということか。

 晴は若干の興味を覚え、涼たちの会話に耳を傾けた。

 由貴たちは、物語を操ろうとしているのが『尾形晴』ではないかという思考にまでは至っているようだった。

 晴は自分を混沌に属する者という認識でいたが、それでも綾川由貴という人間に引っ掛かりを覚えている自分は何なのだろうという疑問があった。

 頭がいいかと思えば、要領の悪いことも、時にはバカじゃないのかと思うようなことをするのが、綾川由貴だった。

 人間の本質というものに極端に鈍いのか、或いは純粋なのかは知らないが。

 それに由貴と一緒にいる四季の方も──もっとも四季の方は些か天然が入っているようなところもあり、晴の神経に障ることがあるのだ。

 由貴にしても四季にしても、晴から見るとひどく壊れやすく美しい幻想を見ている気がして、こんなものは違うという反発心があった。

 たんなる妬みとは少し異なる、偽物を見せられているような違和感。

 それとも人間は自分の性質とは異質の人間を目にした時、自分が正しいのだという認識をしたいため、それ以外のものは偽りだという判断を下したいだけなのだろうか?

 画面の向こうの由貴たちは、晴が思っていたほど幻想的な道を歩いてはいなかった。

 やがて、夕暮れの海辺を歩き始めた彼らを見て、晴はぼうっとした。

(たすけて)

 晴が小説を書き換えようとした時に聞こえてきた叫び声。

 あれは、由貴の書かんとするものが歪められた声だったのか。

 それとも。



     *