立ち止まったままなのも何なので、由貴たちは歩きながら話すことにした。

「俺の書いた小説でも、それだけでは成り立たないんだ」

「そう。書き手だけが知っている物語なら、物語の世界はその人間の中でとどまる。書き手ではない人の目にふれることによって、物語の世界は大きく広がる。お前さんの書いた物語は、四季の感性にふれて描かれたことによって『他人の目にも見える、存在する物語』になった。この『存在』って奴を証明するのが、人間には難しい。永遠に在る存在じゃないからな。だから古来から永遠に対する執着や、理想、確かなもの、そういったものを持つ人間は多い」

「ユリが四季に会わなければいけない、と言っていたのはそのため?」

 忍がユリを見ると、ユリは首を傾げた。

「ぼくが起動して、まだ数時間しか経っていない。最初、ぼくには『僕』に会いに行かなければ、という使命しかなかった。由貴に会って、四季の話を由貴から聞いて、ぼくの探している『僕』は四季のことだ、と理解したのは後のこと。ぼくは最初から何もかも知っているわけじゃない。行動することによって、理解していくことや、任務の意味を把握していくことも多い。ただ、今わかる範囲で言えるのは、物語は『書き手』『読み手』の他に、第三者──つまり、ぼくみたいに、物語に関わってはいないが、由貴と四季という人間がいることを認識し、『書き手』『読み手』であることを立証出来る者がいることによって、より物語の存在が確かなものとなっていること、であることが、混乱させない条件のひとつであったということ、だと思う。『尾形晴』は四季にとって代わろうとしていた。『描き手』の入れ替わりは、物語のイメージを大きく左右する。『描き手』の意図によっては破壊してしまう場合もある。先入観を払ってそれはそれとして見ろ、という人間もいるけど、そうできない人間も多い。それが人間だから」

 ユリの説明にフェロウがつけ加えた。

「あと『尾形晴』の場合、こうして時空に歪みを作ってしまうくらいの影響力があるのがまずかった、ってことだな。そんな物騒な奴に力をふるうのを許していたら、不詳な人物や、行方不明者続出になる恐れもある。そうなれば大混乱だ」