「逆も考えられない?」
イレーネが口を開いた。
「私は由貴という人に会ったことはないし、自分の人生がどうなるのかなんてわからないし、自分という存在が何なのかもわからないけど──作り出すことで何か外界に働きかける力を持っている人なら、人はその人に興味を持たない?少なくとも力というものを知っている人は、由貴という人と繋がろうとすると思う。それだけの魅力ある人間なら」
ユニスが考え込むように言う。
「──それでも、作家の中でも、書く作品中で『一度も人を殺したことがない』という人もいます。ところが、理由らしい理由もなく、無差別殺人のように、人の生死が『虚無』によってうやむやにされて行くというなら──それが書き手の由貴さんの意図することでもないというのであれば、私たちにとっても不本意です。ドライ過ぎる思考は機械と同じで、それを実際に人に対して作用させるというのは…感情が完全に切れてしまった人でもなければ出来ないような気が」
「そうだね。──たとえばユニスの両親は妖華との大戦で亡くなっていると思うんだけど、それは由貴に書き手の意図があって、それが何故だったのかということまで書かれている。どんな人間にも死は必ずやってくるものなんだけど、その死にも意味がある書かれ方。でも──それが由貴の了承もなしに、勝手に物語が別の意図にすり替えられてしまうとしたら──それはもう由貴の物語ではなくなってしまう。個人の考えることに意味を持たせない圧力というのか」
「そうです。個としての力がありすぎる者を人は恐れます。傍目には讃えられていても内側は無きものにされている王も」
「ユニスもそれは感じたりもする?」
「はい。悪意ばかりではありませんが。人の内面には悪意ばかりが在りつづけるのも難しい。生まれる前から守られていたぬくもりを知っているからです」

