「?」
四季は顔を曇らせながら通話を切る。
「何だろう?」
「どうしたの?」
楽譜を見ていた忍が、顔をあげた。
「うん…。由貴に『今、となりに忍いる?』って聞かれた。忍と一緒なのは知ってるはずなのに。何だったんだろう」
「私に用事があるみたいだったの?」
「ううん。そんなふうでもないんだけど。よくわからないけど取り込み中みたいな様子だった」
「?」
忍も見当もつかないのか目をしばたたく。
四季はふっと頬をゆるめた。
「考えても仕方ないね。由貴は後で話すって言ってたから、その時聞いてみる」
「そうね」
白が基調の楽器店の店内は静かな曲が流れていた。
マスネのタイスの瞑想曲。
「僕、この曲好き」
「本当に?綺麗な曲よね」
「忍、弾けるんじゃない?」
「自分で弾いたことはないんだけど…。楽譜あるかな」
忍は手に取っていた楽譜を棚に戻し、タイスの瞑想曲の楽譜を探しはじめた。
四季も探しながら、曲について話し始める。
「この曲名初めて聴いた時、タイスという作曲者が作った瞑想曲なのかと思ったんだよね。でも調べてみたら、タイスというのは歌劇に出てくる女性の名前で」
「そうなの?」
「うん。タイスは舞姫──娼婦なんだけど、修道士のアタナエルに出会って悔い改めを説かれるの。その時のタイスの心の葛藤を表すのが『タイスの瞑想曲』なんだけど、葛藤というよりも、何か心が洗われるような曲だよね」
「娼婦か…。四季は娼婦ってどう思う?」
「何?急に」
「うん…。時代が変わっても、在り続けるものってあるじゃない?娼婦もそのひとつ。私は娼婦に対して世俗的・肉欲的なイメージの他に母性的な魅力を感じることがあるの」
「母性的?」
「うん…。『堕ちる』『堕落する』という言葉は、貶めたい対象がある場合の人間からつくられる言葉よね。娼婦を堕落した女のようにレッテルを貼りたがる人間は多いわ。でも、男をそういったものとわかっていて懐に抱く女性って、母性がないと出来ないんじゃないかしらって。言葉は堕落云々という類いものが意味もなく転がっているだけで、そこにいるのは受け入れて欲しい男と、母性のある女しかいないような気がするの」

