「あれ?由貴」

 尾形晴とのごたごたがあって後、しばらく何か書く様子のなかった由貴が、晴にいたずら(…と形容できる程度のいたずらなのかは定かではないが)をされたノートを再び読み返しているのを見て、四季が怪訝そうに訊いた。

 由貴はちょっと笑って、口を開く。

「俺、小説書くの好きみたい」

 あれだけ嫌がらせをされたのに、である。

 由貴の中ではいつのまにかユニスやイレーネを書くことが、自分の浄化に繋がっているような気がした。

「自分が心から思うことは他人から見たら『傲慢』に映ることもあるのかもしれないけど、それでいいのかもしれない」

 四季がちょっと驚いたように由貴を見る。

 由貴は傲慢という言葉とは裏腹な優しい笑顔を見せた。

「それが人が生きるということだから。どう生きたいのか、何をしたいのかがわからないままなのは、つらい。人の敷いたレールの上を歩くのも」

「いいんじゃないの」

 四季は自分も嬉しいというような表情になった。

 由貴は顔を上げ、四季に聞いた。

「四季は俺の書いた小説、好き?」

 四季は今さらというように優しく笑ってくれた。

「好き。好きじゃないと絵も描けないよ」

 もし、由貴がいなければ。

 もし、四季がいなければ。

 もし、あなたがいなければ。

 自分の心に誰も映らなければ。

 それは、書けなかった。

 思いは、ある一定の感情を超えると、想像が広がってゆく。その感情ゆえに。

 我、有り。

 ふっと尾形晴の存在が由貴に訴えかけた。

(そんなもの、想像が広がる能力を持った奴にだけが自身を肯定するための、傲慢なシロモノに過ぎないよ)

 傲慢?傲慢だろうか。傲慢だったとしても。

 それが少なくとも自分を幸せにするものなら、それでいいのではないだろうか。

 もし、自分がここにいることそのものが許されないのなら、自分はここに、最初からあり得なかっただろう。

 言葉は自分にはなり得ないが、自分を伝える何かにはなる。

 何にでもなれる。