由貴の後ろの席の黒木恭介が登校してきた。

「はよ」

 おはよう、と由貴と四季は挨拶を返す。恭介は机に鞄を置き、由貴の手のスケッチブックに目をやる。

「仲いいね、お前ら。相変わらず。それ何?」

「ああ、四季が絵を描いてきたから」

「何の絵だよ」

 覗き込んで、恭介が「…すげえ」と呟く。

「美術で描くのも上手いけど、こんなん描くんだ。俺には描けんわ」

「由貴が小説書いているんだよ。その小説のある場面を絵にした」

「は?小説?由貴、お前そんなん書いてるの?」

「書ける時にね」

「初めて聞くけど。小説家目指してるとか?」

「…わからない。俺、自分が何をしたいのかがわからなくて書き始めただけだから」

「贅沢な悩みだなー。お前狙ったら何処でも行ける能力あるんじゃねぇ?運動神経もいい、成績も優秀、家事も出来るし、ピアノとか文筆活動させてもこれだろう」

「みんな同じこと言うね」

「悩んでんの」

「うん。考えれば考えるほどわからなくなって──。この間『何でも出来るのに何をしたいのかがわからないとか、そんなことで悩む余裕があるなんて、すごいね。そんなに出来ると身動き取れなくて、何も出来ないでしょう』って吐かれた」

 由貴の口から、そんな言葉が滑り出た。由貴にはかなり毒があったのだろう。

 胸の内を語らないその表情には傷ついた感情が浮かんでいた。

 四季の癇に障るものがあったらしい。由貴に訊いた。

「由貴、誰がそんなこと言ったの」

「…四季」

「由貴が何の苦労もなしに今の由貴だとでも思っているんじゃないの。バカにしてる」

「四季。…いいよ」

 由貴はそう吐いた相手が誰なのかは言わなかった。

 同じクラスの人間だろうか?

 四季と恭介は教室を見回してみるが、ふたりにも、それが誰なのか見当もつかない。

 ──と、恭介の目と合う視線があった。

 尾形晴。

 背は高くもなく低くもなく、性格も明るすぎず暗すぎず。特に強い印象を残す人物ではない。

 たまたま視線が合っただけなのか、晴は特に関心のない様子でふっと視線をそらした。



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