高校二年の一月。来年は大学受験の生徒達の間では、志望する大学の話が飛び交い始める。

 由貴は進学はするつもりだったが、まだ何処に進むかは決めかねていた。

 成績は悪くはない。むしろ希望すればどの方面の学科を目指してもいいくらいにはよく出来た。

 悩んでいるのは、なりたい自分がわからない、という点である。

(俺は何処に向かっているんだろう?)

 漠然とした不安を抱え、それでもどうしていいのかわからずに過ごしていた。



「由貴くん、ちょっといい?」

 数学の授業が終わってすぐに、数学教師で担任でもある綾川隆史が由貴を呼んだ。

 隆史は由貴の父親である。由貴は素っ気なく「何?」と聞いた。

「明日見苳夜くんがね、今年に入ってから学校に出てきてないでしょう?ずっと家に電話をかけてるんだけど繋がらなくて。さっき電話をかけてみたらようやく繋がって。学校には出て来ないの?って聞いてみたら『先生、俺、今締め切り追われてるんで』って、切られちゃったんですよ」

 明日見苳夜。一応由貴と同じクラスだが、あまり話したことはない。

 テニス部でたまに部活に出ているのを見かける。ピアスをしていて髪も脱色しているが、チャラチャラしているようには見えない。

 というのは、ひとりで本を読んでいる姿を時折見かけることがあるからであり、それも男子高生がそれを読むか?というような純文学を読んでいたりする。

 たぶんに変わり者である。

「苳夜に電話切られたって…。それが何?」

「由貴くん同い年だし、ちょっと苳夜くんの様子見に家まで行ってもらえないかなって。僕よりも由貴くんの方が話しやすいでしょ?」

 由貴はその言葉を吟味した。

「──俺、欲しい楽譜があるんだけど」

「そう来ますか…。わかりました。楽譜ね。それで手を打ちましょう」

 由貴はピアノを弾いているのだが、楽譜は高校生には高価な品なのである。由貴は「ありがとう」と言って笑った。

 隆史は「しっかりしてますねー由貴くんは」と出来のよい息子を褒めた。



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