珈琲の香り

これで彼氏が逃げないのが不思議だよ。


「いっちゃんはね、そのままでいいの!お化粧すると、誰だかわかんなくなるから」


……それって、フォロー?

「誰だかわからないは言いすぎでしょ!あれは……美容院が悪いの!」



桜が言ってるのは、数ヵ月前の成人式のこと。

両親が揃えてくれた振り袖を着たんだけど……

これが驚くほど似合わなくて、しかも化粧が下手な人だったのか、白塗りお化けみたいにされちゃって……

友達どころか、両親も気がつかないほど別人にされちゃったの。

あーやだやだ。

嫌なこと思い出しちゃった。


「ふふっ……あれはすごかったよね」


思い出したのか、桜まで笑ってる。


「すごかったどころじゃないって!あー、やだやだ!せっかくいい気分だったのに!」


桜のせいで変なこと思い出しちゃったよ!



……それにしても、駅を降りて歩いてきたけど、この辺って住宅街じゃない?

こんなところに喫茶店なんてあるのかな?

そんな私の不安なんて気づいていないのか、桜はどんどん歩いていく。


「…――桜。どこまで行くの?」

「すぐそこだよー」


……さっきからそればっかり。

蕎麦屋の出前じゃないんだから……