みなもが動揺から目を瞬かせ、その後、首を激しく振る。
 そして何も言わずに、元来た道を戻ろうとした。

 このまま行かせる訳にはいかない。
 いずみは素早くみなもの腕を掴んで引き寄せると、懐から針を取り出す。

 ちくり、と。
 みなもの首をめがけ、針を刺す。

「え――……」

 鋭い痛みに身を強ばらせた直後、みなもの体から力が抜け、その場へ崩れ落ちそうになる。

 咄嗟にいずみはみなもを抱きとめ、そっと頭を撫でた。

「ね、姉さん、何を……?」

「護身用に持っていた麻酔針よ。みなもに使うなんて、考えもしなかったわ」

 今まで使ったことがなかった、護身用の麻酔針。
 まさか初めて使う相手が妹になるとは想像すらしていなかった。

 いずみは小さく苦笑してからみなもを抱き上げると、辺りをキョロキョロと見渡す。
 丁度よく草木が入り組み、雑草で足元を隠された木を見つけ、いずみは精一杯の早歩きで近づいた。

 ここなら小柄なみなもの体を隠すことができる。
 慎重に腕から降ろすと、いずみはみなもを木に寄りかからせた。

 忙しい母親に代わり、いつも面倒を見ていた可愛い妹。
 どんなことをする時でもずっと一緒にいた、かけがえのない妹。

 離れたくないけれど、もうお別れしないと。
 いずみは地面に膝をつくと、みなもの耳元へ顔を近づけた。

「私も大好きよ、みなも。元気でね」

 そう囁いてから、いずみは体を離して立ち上がり、みなもに背を向ける。

 一歩踏み出そうとした瞬間――。

「待って……いずみ姉さん」

 消え入りそうなみなもの声が聞こえてくる。
 
 今振り向けば、ここから離れられなくなる。
 いずみは瞼を固く閉じて、振り向きたい衝動を堪えると、足を前に動かした。
 
 一歩、一歩とみなもから離れる度、胸が締め付けられる。
 いつの間にか涙が溢れ、何度拭っても止まらなかった。

 覚悟ができても、やはり死ぬのは怖かった。
 でも、みなもを生かすためだと思えば、恐怖よりも勇気が上回ってくれた。