白き薬師とエレーナの剣

 既に人気がなくなった部屋の中央に、ぼんやりとした蝋燭の明かりと、作業台に突っ伏している人影が見える。
 薄暗くてここからは顔は見えないが、すぐに体躯からいずみなのだと分かった。

(待ちくたびれて寝ちまったか……悪いことしたな)

 己の不甲斐なさに大きなため息を吐き出しながら、水月は静かに近づいていく。
 いずみの穏やかな寝顔が視界に入り、どくんと鼓動が高鳴る。

 派手さはないが、透明感のある品が良い顔立ち。その外観のままの心根。
 里にいた頃から気になる存在だった。

 人の裏を読もうとする自分とは正反対の、人の良心を信じて疑わない少女。
 世の中を甘く見ていると思いながらも、その甘さが愛おしかった。

 成人になったらいずみを嫁にもらい、『久遠の花』か『守り葉』になれたらいいと思っていた。 

 けれど、今の状況を作ってしまった以上、この望みを形にする訳にはいかない。
 欲する気持ちをを押し殺して、いずみの味方であり続ける――それが自分なりの贖罪だった。

 一度深呼吸して波打つ心を鎮めると、水月はいずみの肩を叩いた。

「こんな所で寝てると体壊しちまうぞ、エレーナ」

 身じろぎしてから、いずみがゆっくりと瞼を開ける。
 眠そうに何度か瞬きした後、ハッと息を引いて体を起こすと、真っ先に水月を見上げた。

 しばらく息を止めてこちらを見続けてから、ホッとした息を吐くとともに優しく微笑んだ。

「よかった、無事に戻ってきてくれて。……ナウム、お帰りなさい」

 心配し続けていたせいか、いずみの目にうっすらと涙が滲んでいる。
 気持ちを引き締めた直後なのに、水月の心が大きくぐらつく。

 思わず抱きしめたい衝動に駆られて、手が動こうとする。
 しかしピクリと上がりかけたが、強く拳を握って動きを抑える。

 不自然な力みを誤魔化そうとして、水月は己の胸元を掴んで小さく唸った。

「今日は一段とキツかったぜ。キリルのヤツ、まったく手加減する気がねぇ」

 こちらの痛みが伝わったかのように、いずみは眉間に皺を寄せ、苦しげな表情を浮かべた。

「そこに座って待ってて。今すぐ治療するから」

 言われるままに水月は近くの椅子に腰かける。
 それを合図にいずみは作業台の下に置いてあった薬箱を持ち出し、いくつか小瓶を出して並べた。

 緑地の小さく丸っこい瓶を手にすると、それを水月に差し出した。

「先にこの痛み止めの薬を飲んで。即効性を強めたから、前の薬よりも痛みが早く引くわ」

 小瓶を受け取ると、水月は口の中へ流し込む。
 濃厚な甘さが通り過ぎた後、苦味が舌の中央から広がっていく。
 今の生活になってからほぼ毎日口にしている薬だが、どれだけ飲んでも慣れるものではなかった。

 空いた小瓶を作業台に置く頃には、いずみは軟膏の蓋を開けて準備を終えていた。

「さあ、薬を塗るから服を脱いで」

 促されて水月は服を脱いで足元へ置く。
 打ち身やすり傷だらけの肌が露わになった途端、いずみが心苦しそうに目を細めた。