「意地を張らないのはいいことですね、処世術の基本ですよ。まあ、ちょっと雑談したいと思って話しかける度にケンカを売ってくるような馬鹿なら、さっさと追い詰めて始末していたでしょうけどね」
軽い口調で人を侮ってくるグインの言葉が、己の身の安全が際どい所で揺れ動いていることを突きつけてくる。
その気になれば、いつでも殺せる。
キリルの庇護があったとしても、それを無にして、いたぶり殺すことを黙認させるように仕向けるのだろう。
おそらくジェラルドやキリルたちの中で、一番頭を使って応対しなければならない相手だ。
もっとグインへ集中するために、水月は構えを解いて短剣を腰の鞘に収めた。
「雑談だけならいくらでも応じてやるよ。アンタが喜ぶように相手できるかどうかは分からねぇけどな」
「ああ、それは心配していませんよ。前にも言った通り、私は君に興味がある。飽きない限りは、いたぶらなくても充分に楽しめますから……私は執念深い人間ですから、飽きることはないと思いますが」
ゲッ、勘弁してくれ。頼むからオレに関わってくるんじゃねーよ。
心の中で己の運の悪さを嘆きつつ、水月はグインから視線を逸らし、小さく舌打ちした。
「こんな悪趣味なヤツが部下だなんて可哀想だな、キリルのヤツ」
嫌味のつもりで言ったが、グインは嬉々として「同感ですね」と呟いた。
「もし私がキリル様の立場になったら、こんな部下は遠慮したいですよ。情報を聞き出すために生け捕りにしろと命令されて、勝手にいたぶって廃人に追い込むような人間なんて」
ピクリ、と水月の頬が引きつる。
なるべく余計なことを言わないようにと考えていたのに、思わず口から本音が漏れた。
「……自分で言うなよ。しかも自覚しているクセに治す気一切なしって、本当にどうしようもないヤツだな」
「ええ、救いようがありませんね。でも楽しくて止められないんですよ。相手の体を生かしつつ、己が己であるための精神を殺すことが」
心なしかグインの声が弾んでいる。冗談でも、虚勢でもない。本心からそう考えていることが肌で感じ取れてしまう。
近くにいるだけで自分がグインの狂気に侵食されていく気がしてならない。
腐った果実をかじったような、何とも言えない酸味とえぐみが口の中へ広がる。
水月はそれを強引に飲み込むと、肩をすくめながらグインと目を合わせた。
「いい趣味してるな。願わくば、気が変わってオレたちに仕掛けないでくれよな」
「善処はしますよ。少なくとも君がまだ弱い間は我慢できそうですし。でも、もっと強くなったら耐えられる自信はありませんね。だって――」
グインの瞳に宿る狂気が、ぎらりと強くなる。
「――君は私が一番いたぶりたい人と同じ境遇ですからね。命の恩人のために自分を犠牲にして、相手のためだけに生きようとしているところが……このままいけば熟成されて、より本質が似てくるでしょう。これからの成長が楽しみです」
背後から胸を掴まれるような悪寒にめまいを覚えつつ、水月は冷静にグインを見つめる。
(オレは本当にいたぶりたいヤツの代わり、か。つまりソイツは、グインがいたぶることの出来ない相手ってことだよな)
こんな粘着気質のイカれた相手に狙われながら無事で居続けられる人間など、そう多くはいない。
自分が知っている中でそれができる人間といえば、今のところ一人しか思い浮かばなかった。
「まさか、アンタが一番いたぶりたい人間って……」
顔を引きつらせながら、水月は瞳だけ入り口へ向ける。
グインの口から小さく吹き出す音が聞こえてきた。
「察しが早いですね。ええ、おそらく君が頭に浮かべている人物ですよ」
軽い口調で人を侮ってくるグインの言葉が、己の身の安全が際どい所で揺れ動いていることを突きつけてくる。
その気になれば、いつでも殺せる。
キリルの庇護があったとしても、それを無にして、いたぶり殺すことを黙認させるように仕向けるのだろう。
おそらくジェラルドやキリルたちの中で、一番頭を使って応対しなければならない相手だ。
もっとグインへ集中するために、水月は構えを解いて短剣を腰の鞘に収めた。
「雑談だけならいくらでも応じてやるよ。アンタが喜ぶように相手できるかどうかは分からねぇけどな」
「ああ、それは心配していませんよ。前にも言った通り、私は君に興味がある。飽きない限りは、いたぶらなくても充分に楽しめますから……私は執念深い人間ですから、飽きることはないと思いますが」
ゲッ、勘弁してくれ。頼むからオレに関わってくるんじゃねーよ。
心の中で己の運の悪さを嘆きつつ、水月はグインから視線を逸らし、小さく舌打ちした。
「こんな悪趣味なヤツが部下だなんて可哀想だな、キリルのヤツ」
嫌味のつもりで言ったが、グインは嬉々として「同感ですね」と呟いた。
「もし私がキリル様の立場になったら、こんな部下は遠慮したいですよ。情報を聞き出すために生け捕りにしろと命令されて、勝手にいたぶって廃人に追い込むような人間なんて」
ピクリ、と水月の頬が引きつる。
なるべく余計なことを言わないようにと考えていたのに、思わず口から本音が漏れた。
「……自分で言うなよ。しかも自覚しているクセに治す気一切なしって、本当にどうしようもないヤツだな」
「ええ、救いようがありませんね。でも楽しくて止められないんですよ。相手の体を生かしつつ、己が己であるための精神を殺すことが」
心なしかグインの声が弾んでいる。冗談でも、虚勢でもない。本心からそう考えていることが肌で感じ取れてしまう。
近くにいるだけで自分がグインの狂気に侵食されていく気がしてならない。
腐った果実をかじったような、何とも言えない酸味とえぐみが口の中へ広がる。
水月はそれを強引に飲み込むと、肩をすくめながらグインと目を合わせた。
「いい趣味してるな。願わくば、気が変わってオレたちに仕掛けないでくれよな」
「善処はしますよ。少なくとも君がまだ弱い間は我慢できそうですし。でも、もっと強くなったら耐えられる自信はありませんね。だって――」
グインの瞳に宿る狂気が、ぎらりと強くなる。
「――君は私が一番いたぶりたい人と同じ境遇ですからね。命の恩人のために自分を犠牲にして、相手のためだけに生きようとしているところが……このままいけば熟成されて、より本質が似てくるでしょう。これからの成長が楽しみです」
背後から胸を掴まれるような悪寒にめまいを覚えつつ、水月は冷静にグインを見つめる。
(オレは本当にいたぶりたいヤツの代わり、か。つまりソイツは、グインがいたぶることの出来ない相手ってことだよな)
こんな粘着気質のイカれた相手に狙われながら無事で居続けられる人間など、そう多くはいない。
自分が知っている中でそれができる人間といえば、今のところ一人しか思い浮かばなかった。
「まさか、アンタが一番いたぶりたい人間って……」
顔を引きつらせながら、水月は瞳だけ入り口へ向ける。
グインの口から小さく吹き出す音が聞こえてきた。
「察しが早いですね。ええ、おそらく君が頭に浮かべている人物ですよ」


