「ふもとの町まで行けば、人に紛れて逃げられるわ。それまでの辛抱よ」

 いずみは小さな手をギュッと強く握る。

 まだ血が通っている、熱い手。
 この手から温もりが消えたら……と考えた瞬間、怖くなった。

 抑えられず、いずみの手が震えた。

(このままじゃあ逃げ切れない。嫌……死にたくない。もう誰も死なせたくない)

 絶望の色に染まっていくいずみを、みなもが心配そうに見つめる。

 そしてグッと顔に力を入れると、いずみから手を離した。

「みなも、どうしたの? 早く逃げないと、あいつらに追いつかれるわ」

 いずみは手を伸ばして、みなもの手を取ろうとする。
 が、みなもはその手を避け、腰に差していた短剣を抜いた。

「姉さん一人で逃げて。私が囮になるから」

 囮? みなもが?
 妹の口からその言葉を聞くと思わず、いずみは反射で首を横に振った。

「貴女がそんなことをしなくても――」

「だって私は『守り葉』だから。『久遠の花』を守るのは当然だよ」

 みなもがにっかりと笑う。
 迷いのない、どこか吹っ切れたような笑顔だった。

「父さんが言ってた。『守り葉』は命をかけて『久遠の花』を守らなくちゃいけないって。それに……大好きないずみ姉さんが、苦しんでいるのを見るのは嫌だ」

 確かにみなもは『守り葉』。幼くとも、一族を守るために戦う役目を持っている。
 けれど、すでに大人の『守り葉』が何人も殺されている。小さいみなもが敵わないのは、目に見えて明らかだった。

 言った本人も、それは分かっているはず。
 力強い眼差しが、みなもの覚悟を物語っていた。
 恐怖に震える唇を噛み締めながら――。

 いずみはそんな妹を見て愕然とした。

(この子は一族の誇りを通そうとしている。……それに比べて私は、ただ逃げることしか考えていなかった)

 申し訳なくて、いずみは思わずその場へ泣き崩れそうになる。
 どうにかそれを思いとどまった時、ようやく決心がついた。

 いずみはスッと目を細めると、みなもの肩に手を置いた。

「ごめんなさい。小さな貴女に、そんなことを言わせるなんて。でも、みなもは逃げて。私が囮になるわ」

「ダメよ! 捕まったら、どんなひどい目に合うか分からないもの」

「私は『久遠の花』……貴女を生かす道を選びたいわ」

 やっと今になって自分を犠牲にしてでも助けたいという覚悟ができた。
 己の情けなさにいずみは苦笑した。