白き薬師とエレーナの剣

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ギィンッ!
 短剣がキリルの剣と交わった直後、水月の体は弾かれ、石畳へ叩きつけられる。

「クッ……」

 腰に鋭い痛みが    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ギィンッ!
 短剣がキリルの剣と交わった直後、水月の体は弾かれ、石畳へ叩きつけられる。

「クッ……」

 腰に鋭い痛みが走り、思わず目を固く閉じてしまう。
 慌てて瞼を開けると、既にキリルは距離を縮め、水月を冷ややかに見下ろしていた。

「隙を見せるなと何度も言っているだろう。立て、もう一度だ」

 こちらの返事を待たずにキリルは踵を返し、再び距離を取る。
 あの自信に満ちた背中にこの短剣を深々と突き立てることができたら、どれだけ気分が晴れることだろうか。

 そんな有り得ないことを思いながら、水月は立ち上がろうと膝を立てる。
 ふるふると生まれたての子馬のように脚が震えて力が入らなかった。

 昼食を終えてキリルの屋敷にある訓練所へ連れて来られてから、ただひたすらキリルへ挑み、剣を交え、叩きのめされる。何度これを繰り返したことか分からない。
 この地へ来てから消えることのない筋肉痛へ、疲労と打撲の痛みが上乗せされて体が重くなっている。休みたい気持ちでいっぱいだったが、キリルに懇願するのが嫌で、意地だけで挑み続けていた。

 これだけ自分がへばっているのに、キリルの動きは衰えを知らない。
 実力の差を突きつけられて、水月は湧き上がる不快感に顔をしかめた。

(チッ……今に見ていろ、必ずお前を超えて殺してやるからな)

 体の痛みよりも、キリルにかすり傷すら負えない悔しさのほうが上回る。
 歯を食いしばってどうにか立ち上がると、水月は短剣を構えた。

 息を整え、真っ直ぐにキリルを見据える。
 足に力を溜めて、溜めて――弾かれたように地を蹴り、前へ飛び出た。

 しかし剣がぶつかる間際、

「キリル様、ちょっといいですか?」

 入り口のほうからグインの声が飛んでくる。
 水月の剣を軽々と受け止めてから、キリルは「待っていろ」と訓練を止め、グインのほうへ向かった。

 予定外の休憩に安堵し、水月の体から力が抜けて腕がだらりと下がる。
 こちらの声が聞こえない所までキリルが離れてから、大きなため息を吐き出した。

(もっと強く打ち込みたいのに体がついていかねぇ。まだまだ体力をつけないとな)

 視線を落として自分の体を見渡すと、以前よりも全体的に筋肉がついてきているのが分かる。
 もっと鍛えなければ話にならないが、一歩ずつでもキリルに近づいているという手応えはあった。

 ふと顔を上げて首を回してから、水月は入り口のほうへ視線を向けた。

(一体何を話しているんだ? どうせまともな内容じゃないだろうがな……ん?)

 グインと話をしていたキリルがゆらりと動く。そして何も言わずに訓練所から出て行った。
 ……あの厄介な変態人間を残したまま。

(お、おい、こんなヤツと二人きりにするなよ! まさかオレが弱すぎるってことで、もうグインに押し付けて殺す気なのか?)

 水月が内心焦っていると、グインが目を合わせてくる。
 そしてニコリと笑い、こちらへ近づいてきた。

(まずい、とにかく逃げねぇと)

 頭の中は己の危機をどうにかしなければと焦っているのに、体はさっぱり動かない。
 むしろ少し動いただけで体勢を崩し、その場へ倒れ込むのは目に見えている。

 こんな所で死ぬ訳にはいかない。
 自分の命が欲しいからではなく、いずみを一人にしないために生きたい。

 恐怖で縮んだ胸の内が熱く膨らみ、一本の芯が通ったような気がした。

(……逃げられねぇなら足掻くしかない、か)

 水月は眼差しを鋭くしてグインを睨みつけ、短剣を構える。
 覚悟が決まったおかげか、足の震えは治まり、頭も急速に冷えていった。

 腕を伸ばせば届きそうな所まで近づき、ようやくグインは足を止める。
 笑顔のまま水月をしばらく見下ろし――突然、プッと吹き出した。

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。君を傷つければ、キリル様は即座に私を斬り捨てるだろうからね」

 ひとしきり笑ってから、グインは小さく首を傾げながら肩をすくめた。

「殺気がないことぐらい分かると思っていたのに……想像していたよりも育ちが悪いですね。まあ、逃げずに立ち向かおうとする度胸がある分、成長しているのだろうけど」

 ……悪かったな、育ちが悪くて。
 最悪の事態は免れたと胸を撫で下ろしつつも、水月は構えを解かずに警戒し続ける。
 
「オレはただの商人の息子だからな、アンタらとは出来が違うんだよ。……用がないなら、こんな所で油売ってんじゃねーよ」

「私の用はキリル様が戻ってくるのを待つこと。それまで暇つぶしに付き合ってくれませんか?」

 グインの言うことなど聞きたくないと反発したかったが、無用に怒りを買って気が変わられては困る。
 これから渡り合っていくためには相手を知る必要がある。そう自分に言い聞かせ、水月は頷いて了承した。
走り、思わず目を固く閉じてしまう。
 慌てて瞼を開けると、既にキリルは距離を縮め、水月を冷ややかに見下ろしていた。

「隙を見せるなと何度も言っているだろう。立て、もう一度だ」

 こちらの返事を待たずにキリルは踵を返し、再び距離を取る。
 あの自信に満ちた背中にこの短剣を深々と突き立てることができたら、どれだけ気分が晴れることだろうか。

 そんな有り得ないことを思いながら、水月は立ち上がろうと膝を立てる。
 ふるふると生まれたての子馬のように脚が震えて力が入らなかった。

 昼食を終えてキリルの屋敷にある訓練所へ連れて来られてから、ただひたすらキリルへ挑み、剣を交え、叩きのめされる。何度これを繰り返したことか分からない。
 この地へ来てから消えることのない筋肉痛へ、疲労と打撲の痛みが上乗せされて体が重くなっている。休みたい気持ちでいっぱいだったが、キリルに懇願するのが嫌で、意地だけで挑み続けていた。

 これだけ自分がへばっているのに、キリルの動きは衰えを知らない。
 実力の差を突きつけられて、水月は湧き上がる不快感に顔をしかめた。

(チッ……今に見ていろ、必ずお前を超えて殺してやるからな)