聞けば聞くほど今のジェラルドと重ならない。いっそ別人だと言われたほうが納得できる。
もう少し話を聞き出せないかと、いずみが身を乗り出していると、
「よお、じーさん。頼まれていたヤツ持ってきたぜ」
思いがけず隣に水月が立っていて、いずみの肩が跳ねる。
まったく気配を感じさせない、まるでキリルのような現れ方。驚きで動悸が激しくなる。
トトも気付かなかったらしく、慌てて水月を見上げながら目を丸くしていた。
「お、おお、ありがとう。じゃあ私は作業に戻るけれど、二人ともまだ休んでいてもいいからね」
小さく唸りながらトトは立ち上がり、部屋の中央にある専用の作業台へと向かっていく。
いずみが小さな背中を見送っていると、ポンと水月に肩を叩かれた。
「ちょっと探している物があるんだ。エレーナ、手伝ってくれないか?」
そう言いながら水月は、二人に与えられた部屋の扉を指さす。
いずみが「分かったわ」と頷きながら立ち上がると、他の薬師たちの邪魔にならぬよう、壁伝いにぐるりと迂回して部屋へと向かった。
中へ入ってから扉をバタンと閉じると、水月は長息を吐き出した。
「余計なことには首を突っ込まないほうがいい、って言っただろ? オレがいない時に危ない橋を渡られたら、いざという時に助けられねぇだろ」
やや怒ったような口調。また心配させてしまったと、いずみは「ごめんなさい」と素直に謝る。
けれど、ここでやめる訳にはいかない。
いずみは眼差しをグッと強め、水月を見上げた。
「ナウム、ちょっと手を出して」
すぐにこちらの意図を察し、水月は右手の平を差し出してくれる。
その手をそっと持ち上げると、いずみは人差し指を立てて文字を綴った。
『まだ断言できないけれど、陛下の性格が誰かに毒を盛られて変えられている可能性があるわ。だから、一体いつ、何をきっかけに変わられたのかを知りたいの』
水月は一瞬目を見張ると、辺りを見渡してからいずみに手の平を見せるように目配せする。そしていずみが指を開いた直後、その手を取って素早く指を滑らせた。
『その話、もうトトやキリルには言ったのか?』
『いいえ。水月が初めてよ』
『じゃあオレが良いって言うまで、誰にも言わないでくれ。もしその話が本当だとしたら、それを阻止されて困る人間が必ずいる。トトやキリルが裏で糸を引いているかもしれねぇし、アイツらが無関係でも、そこから相手に気付かれるかもしれねぇからな』
人を疑うのは心苦しいが、下手に動いて殺される訳にはいかない。いずみは固く口を閉じて、しっかりと頷く。
水月も同様に頷いてから『あと』と言葉を続ける。
『情報集めはオレに任せてくれ。オレのほうが外へ出る機会もあるし、色んなヤツと接点が作れる。自分で言うのもなんだが、口も達者だしな。だからいずみは陛下の体を診ることに集中してくれ』
確かに水月のほうがうまく立ち回って、自然と情報収集することができる。ただ、それはつまり――。
いずみは視線を下へ逸らし、眉根を寄せる。
『ごめんなさい。ただでさえ水月の負担が大きいのに……』
『遠慮せずにどんどんオレをこき使えよ。むしろいずみに頼られた方がオレは嬉しいからな』
おどけたように片目を閉じると、水月はいずみから離れ、部屋の隅に立てかけられていた鞘入りの剣を手にする。
持った瞬間、剣を見つめながら表情を曇らせたことをいずみは見逃さなかった。
「もしかして、今からキリルさんの所へ?」
「……ああ。今までも充分キツかったのに、さらに訓練を厳しくするらしいからな。オレ、今日は自力でここへ戻って来れねぇかも」
水月は苦笑を浮かべて肩をすくめる。冗談めかした口調だが、恐怖と不安は隠し切れていない。
やっと最近になって青アザを作る頻度が減ってきていたのに……。どうすることもできない自分が歯がゆくて、いずみの胸が痛くなる。
目が潤みそうになるのを堪えていると、水月は「痛み止め、多めに作っておいてくれよ」と言いながらこちらへ近づいてきた。
そしてグイッといずみの手を掴むと、再び指で字を書き始めた。
『城にいる人間の中でもキリルは陛下のことに詳しいはず。怪しまれずに聞き出せるか分からねぇが、なんとか頑張ってみる。うまくいったら、これでもかっていうくらい褒めてくれよ』
頼もしい言葉にいずみの表情が和らぐ。
今まで交わした約束を、水月は一度も破ったことはない。口に出せば必ず結果を出してくれる。
明らかに負担ばかり増やしていることは心苦しかったが、彼が強くあろうとしてくれるから、自分もめげずに立ち続けることができる。
どれだけ感謝の言葉を並べても足りない。
いずみは水月を抱きしめると、「ありがとう」と呟いた。
もう少し話を聞き出せないかと、いずみが身を乗り出していると、
「よお、じーさん。頼まれていたヤツ持ってきたぜ」
思いがけず隣に水月が立っていて、いずみの肩が跳ねる。
まったく気配を感じさせない、まるでキリルのような現れ方。驚きで動悸が激しくなる。
トトも気付かなかったらしく、慌てて水月を見上げながら目を丸くしていた。
「お、おお、ありがとう。じゃあ私は作業に戻るけれど、二人ともまだ休んでいてもいいからね」
小さく唸りながらトトは立ち上がり、部屋の中央にある専用の作業台へと向かっていく。
いずみが小さな背中を見送っていると、ポンと水月に肩を叩かれた。
「ちょっと探している物があるんだ。エレーナ、手伝ってくれないか?」
そう言いながら水月は、二人に与えられた部屋の扉を指さす。
いずみが「分かったわ」と頷きながら立ち上がると、他の薬師たちの邪魔にならぬよう、壁伝いにぐるりと迂回して部屋へと向かった。
中へ入ってから扉をバタンと閉じると、水月は長息を吐き出した。
「余計なことには首を突っ込まないほうがいい、って言っただろ? オレがいない時に危ない橋を渡られたら、いざという時に助けられねぇだろ」
やや怒ったような口調。また心配させてしまったと、いずみは「ごめんなさい」と素直に謝る。
けれど、ここでやめる訳にはいかない。
いずみは眼差しをグッと強め、水月を見上げた。
「ナウム、ちょっと手を出して」
すぐにこちらの意図を察し、水月は右手の平を差し出してくれる。
その手をそっと持ち上げると、いずみは人差し指を立てて文字を綴った。
『まだ断言できないけれど、陛下の性格が誰かに毒を盛られて変えられている可能性があるわ。だから、一体いつ、何をきっかけに変わられたのかを知りたいの』
水月は一瞬目を見張ると、辺りを見渡してからいずみに手の平を見せるように目配せする。そしていずみが指を開いた直後、その手を取って素早く指を滑らせた。
『その話、もうトトやキリルには言ったのか?』
『いいえ。水月が初めてよ』
『じゃあオレが良いって言うまで、誰にも言わないでくれ。もしその話が本当だとしたら、それを阻止されて困る人間が必ずいる。トトやキリルが裏で糸を引いているかもしれねぇし、アイツらが無関係でも、そこから相手に気付かれるかもしれねぇからな』
人を疑うのは心苦しいが、下手に動いて殺される訳にはいかない。いずみは固く口を閉じて、しっかりと頷く。
水月も同様に頷いてから『あと』と言葉を続ける。
『情報集めはオレに任せてくれ。オレのほうが外へ出る機会もあるし、色んなヤツと接点が作れる。自分で言うのもなんだが、口も達者だしな。だからいずみは陛下の体を診ることに集中してくれ』
確かに水月のほうがうまく立ち回って、自然と情報収集することができる。ただ、それはつまり――。
いずみは視線を下へ逸らし、眉根を寄せる。
『ごめんなさい。ただでさえ水月の負担が大きいのに……』
『遠慮せずにどんどんオレをこき使えよ。むしろいずみに頼られた方がオレは嬉しいからな』
おどけたように片目を閉じると、水月はいずみから離れ、部屋の隅に立てかけられていた鞘入りの剣を手にする。
持った瞬間、剣を見つめながら表情を曇らせたことをいずみは見逃さなかった。
「もしかして、今からキリルさんの所へ?」
「……ああ。今までも充分キツかったのに、さらに訓練を厳しくするらしいからな。オレ、今日は自力でここへ戻って来れねぇかも」
水月は苦笑を浮かべて肩をすくめる。冗談めかした口調だが、恐怖と不安は隠し切れていない。
やっと最近になって青アザを作る頻度が減ってきていたのに……。どうすることもできない自分が歯がゆくて、いずみの胸が痛くなる。
目が潤みそうになるのを堪えていると、水月は「痛み止め、多めに作っておいてくれよ」と言いながらこちらへ近づいてきた。
そしてグイッといずみの手を掴むと、再び指で字を書き始めた。
『城にいる人間の中でもキリルは陛下のことに詳しいはず。怪しまれずに聞き出せるか分からねぇが、なんとか頑張ってみる。うまくいったら、これでもかっていうくらい褒めてくれよ』
頼もしい言葉にいずみの表情が和らぐ。
今まで交わした約束を、水月は一度も破ったことはない。口に出せば必ず結果を出してくれる。
明らかに負担ばかり増やしていることは心苦しかったが、彼が強くあろうとしてくれるから、自分もめげずに立ち続けることができる。
どれだけ感謝の言葉を並べても足りない。
いずみは水月を抱きしめると、「ありがとう」と呟いた。


