黒髪の姉妹が、息を切らしながら森の中を走っていく。

 長く真っ直ぐな髪を乱し、姉は妹の手を引いて前へ進んでいく。
 顔に何度も小枝が当たり、ジンジンと鋭い痛みが頬に広がる。

 チラリと姉は振り返り、妹の顔を見る。
 まだ十歳になったばかりの、いつも明るく笑いながら後ろをついて回る可愛い妹。
 なのに今は息苦しさに顔を歪め、恐怖に目を潤ませていた。

 できることなら立ち止まって休ませてあげたい。
 しかし、今はそれが許される状態ではなかった。

 歯を食いしばり、姉は重くなっていく足を動かし続ける。
 だが小さな妹は、もう限界が来ていた。

「いずみ姉さん、もう走れないよ」

 ずっと我慢して、我慢して、耐え切れなくなって出てきたか細い声。
 この切実な声を無視することはできなかった。

 姉――いずみは足を止め、妹に振り向いた。
 今にも泣き出しそうな黒い瞳と目が合った途端、思わず涙が溢れ、いずみの頬を伝った。

「ごめんね、みなも。辛いかもしれないけど、もう少し我慢してね」

 少しでも元気づけたくて、いずみは笑いかけながら妹――みなもの頭を撫でる。
 短くてクセのある黒髪は、激しく絡まり合って乱れている。
 顔には赤い擦り傷がいくつも刻まれ、ぬかるみを通った時に飛んできた泥に汚れていた。

 見る見る内にみなもの目に涙が溜まる。
 が、溢れる前にゴシゴシと袖で涙をぬぐった。
 こんな時なのに、心配かけまいとしているのが伝わってくる。
 
 大切な妹を絶対に失いたくない。
 血を流し、彼女が冷たい骸になっていく姿は見たくなかった。

 不意にいずみの脳裏へ、逃げ出す前に見た光景がよぎる。