一体、あの幻惑で何を見せられたのか。

聖は幻の中のラクシュミーを思い出す。皆、それぞれの一番辛い思い出を見せられたに違いない。

(ラクシュが死ぬのが、一番怖いんだな…)
 
〝ティージェ”はそれを一番恐れている。先程の幻ではっきりと感じ取った。

(だからそこだけ思い出さないのか)
 
ラクシュミーが死んでしまった場面だけ思い出さない。思い出しそうになっても、そうならないように逃げてしまう。決して意識してやっているわけではないのだが。

(じゃあ、ラクシュの生まれ変わりの李苑が死んだら……ティージェが悲しむのかな?)
 
何だか少し複雑だ。誰かが死ぬのは嫌だ。けれど、果たしてそれは〝天野聖”と〝毘沙門天ティージェ”のどちらの感情が強く出てくるのだろうか。

(変な感じ……)
 
自分の中に違う人格があるというのは、何とも不思議な感じだ。

自分とは違うまったくの別人。けれども違和感なく同じ場所に在る者。
 
聖の中のティージェは、紫乃原李苑という少女の中にいるラクシュミーが好きだという。聖自身には李苑に対してそういう感情は存在しないというのに。



「聖くん」
 
すぐ近くから声がして顔を上げると、目の前に李苑がいた。

「……うわっ」
 
数秒置いた後、驚いて飛びのく。李苑はそんな聖に驚いて、少し目を大きくした。