「弁財天!」
 
阿修羅王が叫ぶ。
 
その腕の中にいる紅葉は、全身を深紅に染め上げていた。
 
結界を支えていたはずの紅葉がこうなったのは、本当に突然の出来事だった。ここには阿修羅王と夜叉王しかいない。敵の姿はどこにもなかった。

「まさか……水天の身代わりに?」
 
そう結論づけたところに、蓮が駆け込んできた。

「紅葉! 紅葉っ!」
 
飛びかかるようにして紅葉の体にしがみ付く。

「なんで……なんで、なんでっ!!」
 
激しく揺さぶると、紅葉の唇が、微かに開いた。

「……あんたのお守りは……あたし、の、役目、だもの……」
 
掠れた、今にも消えそうな声。

「……無事で、良かった……」
 
その顔は、僅かに微笑んでいるように見えた。
 
それ以上、言葉を発する事はなかったけれど。



「……馬鹿、だよ、紅葉……」
 
蓮は低く呟く。

「俺だって……紅葉を、護りたいと……」
 
グラリ、と蓮の体が傾いた。

「──水天!」
 
夜叉王が素早くその体を支えた。その体は、血に、塗れていた。
 
滝のように流れ出す生暖かい深紅の流れは、大きな水溜りを作った。その上にひらりと、白い人型の紙が落ちた。