「ファリア!」
 
地面を強く蹴り、一足飛びでファリアへ迫った。そして強く肩を掴み、グイッと引き寄せる。

「お前っ……!」
 
剣を引き抜くことも忘れ、ただ怒りのままに拳を突き出した。──だが。
 
ファリアの……十夜の表情を目にした蒼馬は、グッと拳を止めた。

顔中を涙で濡らし、力ない瞳であさっての方向を見ている彼女は──もう、先刻のファリアではなかった。
 
蒼馬は怒りを抑えるため深呼吸を2度ほど繰り返すと、十夜から手を放した。

「お前……さっきのファリアじゃ……ねえよな?」
 
明らかに彼女を覆っているオーラが違った。
 
闘争心向き出しだった刺々しいものはどこにもなく、まったく覇気のない、しかしどこか柔らかなものに包まれていた。
 
十夜は徐々に瞳に光を取り戻していく。
 
そしてゆっくりと蒼馬を視界に入れた。途端に身を崩し、更に涙を流した。

「ご、めんな、さい……ごめん……な、さい……」

「──っ」
 
そんな風に力なく謝られたら……怒る事は出来なかった。
 
行き場のなくなった怒りをどこにもぶつけられず、蒼馬は少し苛立った。

「とにかくっ……正気に戻ったんならみんなを元に戻せよ!」
 
蒼馬の声に、十夜は泣きながら顔を上げた。

「そう、だな…」
 
しゃくり上げながら、十夜は夢幻球を引き寄せる。薄く紅に染まっていた空間が消失した。これで幻惑は解けた筈だが……。