暗闇の中をどんどん落ちていく。
 
自分が今まで何をしていたのか、それを忘れている事にも気付かずに、ただ身体が落ちている事だけを感じている。そんな不思議な空間。

(どこへ──)
 
重力に身を任せ、ふと思う。

(どこへ、行くのだろう……)
 
その想いに優しい声が返る。

『お前の帰りたいところだよ』

(帰りたいところ?)

 
景色が、広がる──。


「聖!」
 
甲高い声にハッと我に返る。

「……え?」
 
ぼんやりとした頭で、ゆっくりと辺りを見回す。

狭いながらも綺麗に整頓された、ソファセットとテーブルが真ん中に配置されたリビング。そして、目の前には見慣れた顔の女性。

「母、さん……?」

「なあに? どうしたの、そんなに驚いた顔して」

「何でここに?」

「何でって……今日はずっと家にいたじゃない。何言ってるの?」

「ここに……」
 
良く分からない。
 
今まで自分は何をしていた? 母は、ここにいたのか?
 
──そうじゃない。
 
一体、自分は何を言おうとしていたのだ……?

「聖、ぼうっとしていたもの。白昼夢でも見てたんじゃないの? まったく、寝てても起きてても一緒じゃ困るわよ?」

「……」
 
そう、なのだろうか。
 
ああ、そうだ。きっとそうなのだ。
 
夢でも見てぼうっとしていたのだ。
 
何の夢かは覚えていないが、それは思い出したくもないような悪夢だったような気がする。