「兄弟設定?」

ノアは楽しげにキリスの顔を見上げる。深海の瞳がいつになく生き生きしているように見えるのは、決してキリスの錯覚ではないだろう。


そんなノアにキリスは二コリと微笑み、目の前にあるアンティークの机に、3枚の紙を置いた。

「はい、下級貴族の兄弟設定設定です」

ノアの目の前にある3枚の紙は、兄弟設定に関する詳細だろう。


今朝ノアは荷造りと共にキリスに、自分を狙う暗殺者などに襲われないよう、ある程度身分と財産のあり、かつ怪しまれない設定を考えて置けと命令を下した。


ここから王都までの道のりは極めて安全で、盗賊や人攫いなどが居ないからわざわざ質素なフリをしなくても済む。それは、唯一の不幸中の幸いであると言っても過言ではない。


それにノアは10年程前から病に患ったと嘘をつき、社交会には出席していない為、多少身分のある人物と出会ってもヴィクセント公爵家の当主だと気づかれることは、絶対にありえない。
仮に10年前の事を覚えている人物に出会ったとしても、それはノアが子供の頃の話。相手は他人の空似だと思うだろう。


よって、髪を染めたり顔を隠す必要は特にない。
彼等が唯一する事と言えば、怪しまれないよう設定通りに行動することだけだ。


『不審の感情すら与える暇なく、完璧に演じきれ』『一つ疑いの目で見られたら、そこで終わりだと思え』『人前では愛想<アイソ>良く』『一流の嘘とは本当の事を織り交ぜながら吐く<ツク>ものだ』そう言われながら育ってきたノアは、自他共に認める演技上手であり、猫かぶりでもある。
演技に関しては最早<モハヤ>プロ級で、ソレを本職にしている人間が真っ青になって逃げ出す程の腕前だ。


当然、今までも嘘がばれたことはない。
多分、これからも。


ただ一人、キリスを除いて――。