空(くう)と名付けたのは、どこまでも澄み渡る空を瞳いっぱいに写している横顔が好きだったからだ。

何色にも染まれるような、何色にも染まらないような、気まぐれで不可思議な君。

空を見上げるその横顔は背景に溶けるように美しく、けれど自身の色を強く放つ。


強くて弱い君が好きだった。



「さよならだ」



けれど別れは突然訪れた。
たった五文字の言葉が、床に伏せる私に追い撃ちをかける。
小さくて可愛い君が私を見下ろしていた。
美しい空を写していた大きな瞳には、病に窶れた情けない私の姿が映っていた。


「…そうですか」


これでいい。
これで。

自分に言い聞かすように了承の言葉を吐きだした。
一瞬何か言いかけた君が、とうとう私から視線を外す。


「今までありがとう」


らしくないセリフ。
いつも気まぐれで強気な君のセリフとは思えない。
私は場違いだとは思いつつ息を潜めて笑った。


――チリンッ


鈴の音が部屋に響いた。
君が踵を返して部屋を出ていくのが視界に映る。



元気でね。
幸せになってください。
君は長生きするんだよ。



気の利いた言葉は何一つ言えずに。
私は君が去るのを黙って見ていた。


私は何も分かっていなかったんだ。
自分が弱っている事を言い訳に忘れてしまっていたんだ。