「葉山はん…場にあてられ、幻覚を見てはる。あの色気…。あれは欲情やな。欲情に身体が熱つぅなって、服を脱ぎはったんや。何や…葉山はんも、朱やんのような忍んだ片想いされてはるのか?」


アホハットの声に、俺は押し黙り…一層暴れて騒ぎ出す小猿の口を強く押さえる。


「あの場は…抑圧された欲望を解放させる宴や。だから誰も彼もが獣じみてるやろ? 抑圧されたものが大きければ大きい程、願望が創り出す幻覚の影響は強い。恐らく葉山はんの目の前には、愛しい人が誘惑しているはずや」


芹霞…が居るのか、桜の視線の先には。

ここからでは桜の表情は判らねえけれど。


あの桜が…

芹霞が欲しいと…ずっと求めていたのか?


俺と同じような…

諦めきれない心、育てていたのか?


肉欲とは無縁であったはずの桜。

しかしそれは…あくまで外見上の先入観であって。

俺は踏み込んで…桜の心に接したことはねえ。


いつもいつも…俺のことばかり。

芹霞の想いを訴えていた気がする。


「…幻覚の先に居るのが、その愛しい人だけならええ。一番怖いのは…今の朱やんと同じ状況に陥っている幻覚を見ていた場合や。

あれは朱やんだから出来ること。それ以外は…自制心に自信があるお人でも、確実に精神をやられはる。目覚めてもショックは続き廃人同然となるか、そのまま目覚めず…幻覚の狂宴で得られる仮初の快楽に溺れ続けるか」


俺は目を見開いた。


「感情をいつも出さない人程、実はその心は熱いものなんや。このままやと…葉山はんの心と身体が逆転してしまう。

熱さを感じる身体と…凍った心。

身体は疼くのに心は満たされない…地獄に突き進むことになられる。

幸いなのは…葉山はんが、誰の目からも死角になる場所に居て、皆に気づかれていないことや。ホンマに輪姦(まわ)されてないこと」


「回すって?」


「ああ、お前はいい。聞くな」


俺は両肘で、小猿の両耳を塞いだ。


「ワンワンはんは…おかしな処が器用ですな」

「ほっておけ。それより桜だ。俺の遠隔的な力が効かねえなら、幻覚から戻すにはどうすればいい?」


桜は…妖しげなオブジェに寄りかかるようにして、崩れ落ちている。

肩で息をしているから、苦しいんだろう。

何かを拒むようにして、手を振り払っている。


何か…あいつに、

幻覚が襲いかかっているんだろうか。


桜…。


俺は唇を噛みしめた。