何でそんなに驚いているんだろう。
紫堂って言ったら、玲くんのことじゃない。
由香ちゃんが別称で言うのは珍しいけど、まさか玲くんの名字を忘れてしまったわけでもあるまい。
「師匠!!? そ、そりゃ…生きて隣の部屋で寝てるけど、ボクが言ってるのは、師匠じゃなくて…」
他の紫堂って言ったら…
不意に――
脳裏に浮かぶのは。
漆黒の髪。
漆黒色の瞳。
涼しげに整った顔をした…
「あ、久涅?」
すると由香ちゃんは地団駄を踏み始めた。
「君はいつからボケ担当になったんだい!!!」
「ボケ? 何でボケ?」
「んもう!!! 紫堂だってばさ!!!」
"紫堂"の部分だけをやけに小さな声色で、だけど唇の動きだけはわざとらしいくらいに大きくしながら、由香ちゃんは強い語調で言うけれど。
「だから、玲くんのこと? 久涅のこと?」
「紫堂だぞ、し・ど・う!!!」
また、"紫堂"を極端に小さく言うけれど。
「だからどっちのこと?」
「なあ…神崎。それ、わざとだよな」
途端に由香ちゃんの眉が、八の字になって。
「わざとって?」
話がよく見えないあたしは、首を傾げるばかりだった。

